SAN値直葬系ジャミル成り代わり2
―――――最近、双子の人魚の様子がおかしい。
アズール・アーシェングロットは、幼馴染みであるジェイドとフロイドの行動を訝しんでいた。
彼らは好奇心旺盛で、自分たちの興味を惹く事象があれば、危険を承知で飛び込んでいく危うさを持つ。勿論、能無しではないので、命の危険はきちんと回避するし、自分たちの手に負えないものからは手を引く賢さは存在する。
けれど、度合いは低くとも危険であることは変わらないし、彼らの興味を惹いてしまい、よく纏わり付かれているアズールは厄介事に巻き込まれる事も多かった。
また面倒なことに首を突っ込んでいるのではないだろうかと、アズールは眉間にしわを寄せた。
けれどほんの少しだけ、気がかりが存在する。これまで巻き込まれてきた面倒事とは些か趣が異なるのだ。
最近の彼らは、妙に熱心に陸の生き物について勉強していた。気まぐれなフロイドでさえ、アズールに教えを請いに訪れるくらいに。
今までは海の中で収まっていたが、よもや陸にまで手を伸ばしてしまったのだろうか。そんなことになってしまったら、最早自分の手には負えない。
見限ってしまおうかとも考えて、けれどそこまで薄情には成り切れないアズールは、渋い顔をしながらも彼らに知識を与えていった。せめて正しい知識を身に付けて、何があっても適切な対応が取れるように。
しかし、陸の常識を教えるに当たって、アズールは僅かに違和感を覚えた。彼らが要する知識の大半が陸の生き物の生活様式であったり、食文化に関することが多かったのだ。
(陸の生活に憧れているのか?)
人魚は得てして陸に憧れを持ちやすい。もちろんアズールや双子達も一定以上の憧れと興味を持っている。いつか脚を得て陸を歩いてみたいという思いもある。
また、近頃二人は出かけることが多く、もしかしたら海面近くにまで浮上しているのかもしれない。
(まぁ、あの二人は泳ぐのも速いから大丈夫だろうけど)
今は殆どなくなったけれど、人魚を浚うような輩がいたという過去が存在するのだ。子供だけで海面に浮上するのは推奨されていない。迂闊な行動は取らないで欲しいなぁ、と海面の方へ目を向ける。
けれど、そんなアズールの想いはあっさりと崩れ去るのだった。
「人間を人魚にする魔法薬?」
「そぉ~。ここに連れてきたい子が居るんだぁ」
―――――そんでぇ、ずぅっとここで暮らすの。
フロイドがにこにこと機嫌良く笑う。正気を疑うアズールがジェイドへと目を向けるが、彼もフロイドと似たような笑みを浮かべていた。
二人が本気であると察したアズールは、正直死ぬほど関わりたくないと、顔を顰めた。
相手の合意があるならば、まだ情状酌量の余地があるけれど、これが相手の意志に反するものの可能性だってある。彼らならば、無理矢理引きずり込むくらいのことはするだろう。まだそう長く付き合っているわけではないが、それが分かるくらいには一緒に過ごしている。
「あるにはあるし、作れないことはないけど、犯罪の片棒を担ぐ気はないからな」
「ひっでぇ、アズール! ちゃんと合意だし!」
「ええ。それに、労力に見合う対価は用意してあります」
二人はジャミルを海に誘ったものの、今すぐ海へ、というわけにはいかなかった。ジャミルは人間で、深海で暮らしていけるような体のつくりをしていない。息をすることはおろか、水の冷たさだけでも命の危険にさらされてしまう。
その上、海と陸とでは常識が異なる。そのためジャミルをいきなり深海に連れて行っては危険だと判断したのだ。
せっかく手に入れた美しい人間を、簡単に失うのは面白くない。そう考えた二人はジャミルが飛び降りた崖の付近にある小屋に、ジャミルを住まわせることにした。ジャミルが飛び降りた崖は不吉な場所と気味悪がられていて、あまり人が寄り付かないのだ。
正直に言ってしまえば、そこは人が住むのには不適切な場所だった。
しかし、ジャミルは幼いながらも知識と魔法の実力があったため、しばらくは暮らしていける程度に環境を整えることができた。
ジャミルが予想以上に優秀であったのは嬉しい誤算だったが、尚更手放しがたい人間であることが判明したということでもある。一刻も早く手元に置きたかったし、自分たちの与り知らぬところで彼を害されるのは心底面白くない。
((一日も早く海へ連れて帰らないと))
そう思ってからの彼らの行動は早かった。こちらから海へ誘っておいて待たせてばかりでは格好がつかないので、ジャミルが住環境を整えている間に陸で金になるものを探してきては換金させ、人間が食べても問題のない魚や貝類をせっせと運んでは深海でも困らないように海での暮らしを教え込んでいく。
また、同時進行で、ジャミルを海に連れていく準備も進めていたのだ。魔法薬に必要な材料集めと、魔法薬生成に必要な人材―――――アズールへの報酬の準備である。
「…………まぁ、僕に迷惑が掛からないなら構わないけど。それより、ご両親は知ってるのか?」
報酬があるならいいか、と肩をすくめる。
それよりも連れ帰っても問題のない環境づくりは出来ているのかと、片眉を跳ね上げた。
「ええ、もちろん。抜かりありません」
「オレらの未来のお嫁さんってことにしてぇ、納得してもらっちゃった♡」
彼らに感覚として、ジャミルは自分たちの所有物という感覚である。海に落ちてきたものを拾って、自分のものにしたのだ。
けれど、拾ったのは生きた人間。拾得物であると言っても納得はしてもらえない。であるからして、彼らは両親に噓をついた。
人魚は愛情深い生き物である。愛に生きて愛と共に死ぬと言われているほどに。
一度見染めた相手を生涯愛し続けるほどに一途なものが多く、過激な者は伴侶を視界に入れたという理由だけで排除しようとすることもあるのだ。
外敵に対する容赦は一切ないが、心の内に入れたものに対してはどこまでも甘く、柔らかい顔を見せる。それが人魚という種族の性質なのである。
双子の両親も、アズールと同じで二人がいつもと違う行動を取っていることには気づいていた。けれども二人の父母は彼らの自主性を重んじ、彼らの行動を黙認していたのだ。
そして子供たちの告白―――――将来の伴侶を見つけたという嘘―――――に大層喜んだ。そして二人の謎の行動に納得した。
ウツボの人魚である彼らの原種―――――ウツボは通い婚である。彼らにもその習性が引き継がれており、惚れた相手のもとに足繫く通うのは当然の行動であった。
そうと知った両親はすぐにでも連れて帰ってこい、といった具合である。それほどまでに人魚族にとって伴侶というのは重要な存在なのだ。
(そんな嘘をついてまで連れ帰りたい相手なのか……)
伴侶ではないし、惚れた相手でもないようだが、その習性故に気に入った相手のもとに赴くのは苦ではないだろう。けれど、毎日相手のもとに通い詰めて、自分の住処にまで迎え入れようというのは、そこまでの情を持ってしまったということではないのだろうか。
意気揚々と魔法薬生成の準備に取り掛かるフロイド達に、ほんの少しだけアズールの好奇心が首をもたげた。