成り代わりジャミルはドラコニア姓を名乗る
その日は寮長会議が行われる事となっていた。
しかし、ディアソムニア寮寮長であるマレウス・ドラコニアに、その事を伝え忘れていた。
新しく寮長になったリドルはその事に戸惑っていたが、長く寮長の座に君臨している生徒達は「いつものこと」と慣れたものだった。
マレウスは圧倒的な存在感を有しているはずなのに、何故か会議などの集会に声を掛けられることが全くないのだ。誰かが声を掛けているだろうと放っておいたら誰も知らせていなかったり、そもそもマレウスに伝言をすることすら忘れてしまうのだ。各寮長達は、それを“恒例行事“として受け入れていた。
リドルはそんな先輩達の態度に苛立ちを覚えるも、自分もマレウスの存在をすっかり忘れていたため、やぶ蛇にならないよう口を噤むことにした。後で内容をまとめて伝えれば良いのだ。そもそも、寮長会議は踊るだけ踊って、結局何も解決しないことが多いので、内容という内容すら産まれない可能性だってあるのだが。
今回も始まる前からお互いに煽り合っている先輩達を見て、今回も実りのある寮長会議になることはないだろうな、とリドルは深く嘆息した。
そのとき、膨大な魔力が渦巻くのを肌で感じた。
「寮長会議の会場はここか?」
渦巻く魔力の正体は、転移魔法で会議室に現れたマレウスであった。
「うわ、めっずらしー。マレウスが会議に来んの初めて見たわ」
「別に来なくて良かったんだぜ、トカゲ野郎」
マレウスの姿に声を上げたのはスカラビア寮長、サバナクロー寮長であった。
スカラビア寮長はニコニコと人懐っこい笑みを浮かべ、サバナクロー寮長は不機嫌そうに長い尾が床を打った。
サバナクロー寮長、レオナ・キングスカラーの言葉にマレウスが応え、そこから売り言葉に買い言葉の応酬が始まる。この二人は相性が悪く、顔を合わせる度に言い争いもかくやという舌戦を繰り広げるのだ。
―――――コンコン。
会議室にノックの音が響く。
「ディアソムニア寮1年、ジャミルです。マレウス寮長はいらっしゃいますか?」
「いらっしゃるよ。どうぞ」
聞き覚えのある声にリドルの意識が扉の方へ向く。
穏やかな声で入室の許可を出したのはポムフィオーレ寮長だ。その隣でイグニハイド寮長が不満げに顔を顰めている。イグニハイド寮長は酷い人見知りなのだ。
入室の許可を得たジャミルが「失礼します」と頭を下げて、会議室の扉を潜った。
寮長達の視線が集中する。ジャミルはそれを意に介さず、マレウスを探して会議室を見渡した。
リドルを認めると、ジャミルがふわりと笑う。その笑みを見てリドルも笑みを返すと、軽い黙礼をし、ジャミルはマレウスの元に向かった。
「マレウス先輩、不足分の資料をお持ちしました」
「む。これで全部ではなかったのか?」
「だから持ってきたんですよ。ちゃんと確認して下さい」
「気を付けよう。助かった」
「わ、ちょっと………!」
ジャミルの髪を掻き混ぜるマレウスに、仲が良いのだな、とリドルが感心する。
マレウス・ドラコニアと言えば、誰もが知っているような人物だ。
王の器にふさわしく、威圧感があり、つい萎縮してしまいそうになる。けれどジャミルも臆することなく、まるで戯れているような掛け合いを披露していた。その姿は仲睦まじく、いつだかジャミルが「存外普通」と評したのも理解できるような光景だった。
(マレウス先輩ってもっと怖い人だと思っていたけれど、思ったより穏やかなのかもしれない。弟君にも、あんな感じなのかな……)
結論から言えば、リドル達と同じ学年にドラコニア姓を名乗る者は居なかった。故にリドルは、マレウス・ドラコニアに弟が居るというのは単なる根も葉もない噂だと結論づけていた。もし仮にその噂が本当であったなら、今の二人のように穏やかな掛け合いが行われるのを見ることになっていたのかもしれない。
(まぁ、それは“もしも”の話だけれど)
そこまで考えて、リドルがはっと我に返った。―――――今、なんと思った、と。
(僕は今、マレウス先輩とジャミルを、兄弟のように思った………?)
ちらり、と二人に目を向けると、見定めるような目でマレウスがリドルを射貫いていた。それにギクリと身を竦ませると、彼の口角がにやりと上がった。
「―――――それが“もしも”でないと言ったら?」
心を読んだようなマレウスの発言に、リドルが呼吸を止めた。
“もしも”ではないということは、つまり。それは“真実“であると言うことにならないだろうか。
バッとジャミルに顔を向ける。彼はほんのりと頬を染め、気恥ずかしそうな表情で笑みを浮かべていた。
その表情が弟妹と一緒に居るところを見られて照れていた幼馴染みとそっくりで、その事実がじんわりと脳に浸透していくのを感じる。
「なんの話だい?」
リドルがマレウスやジャミルとアイコンタクトを不思議そうに見ていたオクタヴィネル寮長がこてりと首を傾げる。
その顔は目を見開いて硬直しているリドルとニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべているマレウスは話にならないと斬り捨て、ジャミルの方を向いていた。
「ふふ、はい。改めて自己紹介させていただきますね。俺はディアソムニア寮1年、ジャミル・ドラコニア。マレウス・ドラコニアの弟です。どうぞよろしくお願いします」
一泊の沈黙の後、劈くような寮長達の絶叫が会議室に木霊した。