成り代わりジャミルはドラコニア姓を名乗る
―――――ナイトレイブンカレッジ。それは魔法士養成の名門校の名前である。
闇の鏡というかつて存在した偉大な人物が持っていたとされる鏡によって選ばれた生徒しか入れない、エリート達が通う学校である。
そんなナイトレイブンカレッジで、最近最も生徒達の関心を集めている話題が存在していた。
それは『先日行われた入学式で、あのマレウス・ドラコニアの弟が入学した』という噂であった。
マレウス・ドラコニアというのは茨の谷の次期国王のことである。世界で5本指に入ると言われる実力の持ち主で、彼を知らぬものは居ないと言うほどに有名な人物であった。
そんな男の、今まで明かされなかった弟が、兄を追う形で同じ学園に入学してきたのである。一体誰が件の弟であるのか、学園はその人物の話題一色で染まっていた。
「おはよう、ジャミル」
「おはよう、リドル」
赤い髪の小柄な少年が、黒髪の少年に声を掛ける。先に席に着いていた黒髪の少年―――――ジャミルに了承を取り、リドルは隣の席に着いた。
「朝からみんな元気だね。今日も居るのかも分からないマレウス先輩の弟君を探しているよ」
「ふふ、そうだな」
「気持ちは分からなくはないけどね。だからって、それが元でルールを破るのは頂けないよ」
NRCは寮制の学校である。『グレート・セブン』という偉大な英雄達をなぞらえた7つの寮が存在する。
リドルのいうルールとは、彼が所属するハーツラビュルという寮の規則のことだ。ハーツラビュルは『グレート・セブン』の一人であるハートの女王を模した寮で、彼女の定めた810条の法を守らねばならないのだ。
リドルは一年生ながら一週間で寮長に上り詰めた傑物で、敬愛する女王の法を守り、守らせることを第一としている。
そんな彼の寮生が、どうやら噂の真相を確かめるためにルール違反を犯したらしい。リドルは酷く立腹しているようだった。
「まったく。一体どこからそんな噂が出てきたのやら」
「まぁ、火のない所に煙は立たないからな」
ジャミルが苦笑すると、リドルが肩を竦めた。
そして何かを見とがめて、ぱちりと目を丸くした。
「おや? 君、スカラビア寮生じゃなかったかい?」
「ああ。転寮したんだ」
「それは………ディアソムニアの腕章?」
臙脂色の腕章から、黄緑色の腕章に変わった友人に、リドルが目を瞬かせる。
何か事情があるのだろうかと、聞いても良いのか迷っているような素振りを見せたので、ジャミルがゆるく微笑んだ。
「スカラビアの空気とか気候が合わなくてな。俺は茨の谷の出身だから、一番気候の近いディアソムニアに転寮することにしたんだ」
「そうなんだ。てっきり熱砂の国の出身だと思っていたよ」
「生まれはな。でも、幼い頃に移り住んだから、育ったのは茨の谷なんだ」
「なるほどね」
ジャミルの説明に納得し、リドルは深く頷く。
各寮は偉人達の活躍した国の気候を模しているため、それぞれの寮の気候はまったく違うものになっている。
スカラビアは昼間は太陽が焼けるように暑く、夜は凍えるように寒い。逆にディアソムニアは日が出ていることの方が少なく、比較的涼しい気候だ。生まれが灼熱の国と言えど、長く過ごしたひんやりした谷の方に身体が順応したのだろう。身体を壊してしまう可能性を考えれば、転寮は妥当と言えた。
リドルはうんうん、と何度も頷いている。それを不思議に思ってジャミルが目を瞬かせると、見られているのに気付いたリドルが言いにくそうに微かな声で囁いた。
「………ねぇ、ディアソムニアに弟君らしき人物はいる?」
ほんの少し照れを滲ませた顔で尋ねられ、ジャミルがふふ、と小さく笑った。
「なんだ。君も気になっているんじゃないか」
「そ、んなことはないよ! ただ、誰なのか判れば、ルール違反も減るかもしれないと思っただけで………」
「そんなこと、本人に聞けば良いじゃないか」
「聞けるわけ無いだろう! あのマレウス・ドラコニアだよ!?」
「存外普通の人だと思うけどな」
「君ね………」
呆れたような顔で肩を竦められ、ジャミルが苦笑した。
けれど、ジャミルにとってマレウス・ドラコニアは雲の上の存在などではなく、同じ地に足を付けた生き物なのだ。
浮世離れしたところはあれど、ごく普通に接していれば、とても穏やかな人だった。少なくとも、ジャミルにとっては。
「まぁ、そのうち会えるんじゃないか? 同じ学年なんだし」
「………まぁ、それもそうだね」
会話が一区切りついたところで教室に教師が入ってくる。二人は口を閉じ、ばたばたと席に着くクラスメイト達の騒音を聞きながら、HRの開始を待った。
こうして、学生達の一日が始まる。