ローディング画面に出てきたキャラで成り代わり
コツコツと窓を叩く音がする。
その訪問に覚えがあったイデア・シュラウドは「どうぞ」と一言、了承の意を示す。
すると窓も開いていないのに、ふわりと部屋の空気が揺れた。
振り返ると、そこには立派な角を生やした男が佇んでいた。
マレウス・ドラコニア。妖精族の王となる男だ。
「マレウス氏、どうしたの? 珍しいね」
「入学式で面白いものを見てな」
「面白いもの……?」
にやりと口角を上げるマレウスに、イデアは眉を寄せる。
モニターに向かい、システムをハッキングして入学式の録画を確認する。
しかし、モニターには新入生が闇の鏡の前で名乗りを上げている姿が映し出されるばかりだ。
「この後だ」
「この後……?」
褐色の肌に艶やかな黒髪が美しい少年がスカラビアに振り分けられる。
そうしてスカラビアの列に加わろうとしたところで、かなり長身の少年が黒髪の少年に駆け寄った。
知り合いだろうか。けれど黒髪の少年は戸惑っているようだった。
そうして、あと一歩という所まで駆け寄って、長身の少年が黒髪の少年を思いきり抱きしめた。
(おっと、大胆。一目惚れしちゃったとかそういう系?)
恋に寛容なツイステッドワンダーランドでは、一目惚れからの紆余曲折を経てのハッピーエンドは往々にして良くあることだ。
しかし、これのどこが面白いのだろうか。確かにツイステッドワンダーランドでも同性同士というのは珍しい光景ではあるけれど、面白いのとは違うと思う。
じとりとマレウスを見上げると、彼は思いのほか真剣な目で彼らを見つめていた。
何故彼は、こんなにも真剣に彼らを見つめているのだろう。
(もしかして、“彼ら“と重ねているのかな……?)
イデアとマレウスには前世の記憶というものがあった。
魔法のない世界で、平凡に生きていた記憶だ。その世界でイデアとマレウスは仲の良い親戚で、幼い頃から付き合いのある人物だった。
そんな二人には、年の離れたご近所さんが居た。
まだ幼い少年が二人。家が近く、関わることが多かったイデアとマレウスに良く懐いていた。
そんな二人はお互いに惹かれ合っていた。
けれども二人はまだ子供で、世間は同性愛に対して寛容になり切れていなくて。
どうしようもないままに、身体の弱かった片割れが、成人を迎える前に亡くなった。
当時のやるせなさは、生まれ変わってもなお、鮮明に思い出せる。
二人の仲を応援し続けて、味方だと伝え続けて、どうにか結ばれて欲しいと願い続けて。
けれど結ばれる前に、想いを伝える前に、二人は引き裂かれてしまったのだ。
泣くことも出来ずに呆然と立ち尽くす少年の姿を、今でもはっきりと思い出せる。
あのくらい瞳は、もう二度と見たくないものだ。
アレはきっと絶望だ。生きる意味を失った目だ。
けれども彼は、亡くなった少年の分まで生きるのだと、懸命に残りの人生を駆け抜けた。後生大事に、少年への想いを抱え続けたまま。
(“彼ら”が、この世界に生まれてくれたらな……)
この世界は愛と恋にどうしようもなく優しい。
そこに真実の想いがあれば、同性同士だって関係ない。みんながみんな、祝福してくれる。
(え、待って。もしかして、この二人……)
バッと勢いよくマレウスを振り返る。
目を見開き、わなわなと唇を震わせている。
「“彼ら”なの……?」
震える声で、そうであれと願う声で、マレウスに真実を確認する。
するとマレウスは、にやりと口角を上げた。
「だから言っただろう? 面白いものを見た、と」
マレウスの言葉にイデアは絶叫し、そして泣いた。
イデアを泣かせたとしてオルトがマレウスを追いかけ回す未来が待っているが、それはまた別のお話。
それより今は、ハッピーエンドへと向かう物語の方が大切だったから。
(良かった、良かった。―――くん、―――くん)
(今度は絶対に想いを成就させてね)
(そのためならどんなことにでも協力するし、私達だけは何があっても味方だから)