嫉妬するフロイド






 放課後にことである。気分が乗っていたため、部活に向かおうとしたフロイドは、その道すがら、恋人であるジャミルの背中を見つけた。


「ウミヘビくん!」


 一気にテンションが振り切れたフロイドは、その長い足をフルに使ってジャミルに駆け寄り、その細い背中に抱きついた。


「おい、フロイド、いきなり抱きつくな。危ないだろ」
「だぁいじょうぶ。転ばないように支えてるから」


 うわ背のあるフロイドを何の構えもなしに支えるのは困難だ。危うくバランスを崩しかけたジャミルが苦言を呈するも、フロイドはどこ吹く風。すりすりと髪にすり寄られ、ジャミルは溜息をついた。
 そんなつれない態度にすらクスクスと機嫌良く笑って、フロイドがジャミルの肩口に顔を埋めた。そして、ふわりと香る香りに目を見開いた。


「―――――は?」


 ―――――アズールの匂いがする。正確に言うならアズールが愛用しているコロンの香りだ。けれどもジャミルから、アズールの匂いがするのだ。アズールと密着でもしなければつかないほどに、たっぷりと。彼の身体にアズールの匂いが染みついているようだと、錯覚するほどに。
 思わずジャミルを抱きしめる腕に力が籠もる。突然酷い圧迫を受けたジャミルが苦悶の声を漏らし、フロイドの腕を引き離そうと彼の腕に手をかける。その手を取って、フロイドが無理矢理ジャミルに正面を向かせた。


「おい、いきなりなんだ!」
「アズールと何してたの?」
「は?」
「アズールの匂いがする」


 ギリギリと手首を締め上げる。人間と比べて規格外の握力に、ジャミルの顔が痛みに歪む。


「………何か勘違いしていないか?」
「勘違いって何? 何かしてたことは認めるってこと?」
「対価を払っただけだよ」
「………対価?」
「カリムの失敗の後始末をアズールが片付けたんだよ」


 天真爛漫な主人の顔を思い浮かべたのか、ジャミルが盛大な溜息をついた。
 ジャミル曰く、報酬を払うことに躊躇いを持たないカリムでは法外な対価でも支払ってしまう可能性があるので、ジャミルが代わりに対価を支払うことになったのだ。その対価がアズール特製のコロンを身に付けて過ごすというものだった。今後ラウンジでの販売を検討しており、その宣伝をして欲しいとのことだ。
 ジャミルとしてはこの上なく嫌だったが、カリムに対価を支払わせる方が怖い。そのため仕方なしにアズールと同じ香りを身に纏っているのだ。
 アズールがコロンの販売を検討しているのはフロイドも知っている情報だった。主にポムフィオーレ寮所属の生徒に好評で、どこで販売しているのかを尋ねられたことをきっかけに、金の匂いを嗅ぎつけたのだ。


「………そう、なんだ……」
「誤解は解けたか?」
「うん………」
「なら、そろそろ手を離してくれ。感覚が無くなってきている」


 ジャミルの言葉に慌てて手を離すと、ジャミルが労るように自身の腕を撫でた。
 相当痛かったのか、ほっとしたように小さく息をついたのを見て、フロイドは自分が酷いことをしてしまったと、顔を青褪めさせた。


「ご、ごめん。手、痛かったよね?」
「まぁ……。でも折れたわけでもないし、すぐ治まるよ」


 そっと手を取って、袖をめくる。くっきりとついた痕はすでに青くなっている。


「ご、ごめんねぇ………」


 先程までの怒気を顕わにした恐ろしい表情とは打って変わって、めそめそと今にも泣き出してしまいそうな表情で、フロイドが腕をさする。
 アズールとの不貞を疑われたのは腹立たしいが、素直に謝罪する相手を追い詰める趣味はない。まぁ、ヤキモチの末のことだし、と胸の内でだけ甘い顔を覗かせて、「仕方ないな」という顔で、フロイドをギュッと抱きしめる。
 珍しいジャミルからの接触に驚いているフロイドをよそに、フロイドの胸元に額をすり寄せて、こんなもんだろうと身体を離す。


「これでお前の香りと混ざったんじゃないか?」


 ふふん、と得意げに笑うジャミルに、フロイドがぽかんと呆けた顔を晒す。
 そして一連の流れをきちんと理解して、フロイドはむずむずと湧き上がる衝動を必死に抑える。
 普段、親愛と恋愛を勘違いしているのではないかというような、友達の延長のような振る舞いしかしないくせに、時折こうして、きちんと想い合っているのだと示してくるのだ。
 ずるい男だ、と一瞬で嫉妬を吹き飛ばしてしまったジャミルに内心で白旗を振った。


「ウミヘビくん、大好き」
「知ってる」


 珍しくご機嫌に笑ったジャミルを見て、やっぱ好きだなぁとフロイドも口元を綻ばせる。
 ―――――それはそれとして、今すぐアズールに対価の変更を要求しなければ。
 かわいい恋人が自分以外の香りを纏っているなど、心底耐えられない。ジャミルにバレないように剣呑な表情を浮かべ、アズールへの交渉の算段を付けるのだった。




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