「俺にこれを歌わせるって正気か???」
監督生はすこぶる機嫌が良かった。何故なら元の世界から持ってきていたスマホが復活したからである。
きっかけはイグニハイド寮が別名オタク寮と呼ばれるくらいに二次元やオタク文化に理解がある寮だと知ったことにあった。
監督生の出身はオタク国家と名高い日本である。アニメも漫画も大好きだったし、それらに連なる文化は世界に誇る素晴らしい文化だと思っている。
そしてそれらを楽しむことを趣味としていた監督生は、オタクと呼ばれる存在を知り、自分も趣味に没頭したいと思うようになったのだ。
そこでイグニハイド寮の寮長、イデア・シュラウドにこちらの世界でもスマホが使えるように出来ないかと尋ねてみたのだ。その結果、流石に元の世界に繋がるようなことは不可能であったが、こちらの世界の電力でもスマホの充電が可能となったのだ。そのためスマホの中にあったデータを見ることが出来るようになったのである。
「みんなにも、こっちの文化を知って欲しいなぁ」
監督生が元の世界で特に好きだったのはボーカロイドである。「歌ってみた」や「踊ってみた」も。
しかし、音源をそのままマジカメにあげるのは「転載」という違法行為である。例え異世界であっても、一ファンとして越えてはならない一線は越えたくない。ならば「歌ってみた」という形で動画をあげると言うことも考えたが、監督生ははっきり言って音痴である。
そこで監督生は自分の代わりに誰かに歌って貰うことを考えた。
「………この曲、あの人達に似合いそうだな」
スマホを眺めながら、監督生が呟いた。あの人達というのは、レオナとジャミルのことである。
5回のオーバーブロット収束を経て、監督生はレオナとジャミルにほんの少し共感していた。二人の根底にあるのは『誰かに認めて貰いたい』という願いだ。
監督生はツイステッドワンダーランドに来て、酷い疎外感を感じていた。元の世界に魔法はない。魔力なんてものは持っていない。
みんなの当たり前が監督生にとっては当たり前ではなくて、みんなが知っていることを何一つ知らない。
そんな監督生はNRCでは異物でしかなく、魔力も無いのに生徒としてNRCに通う監督生は名門校に入学したという自負があるカレッジ生の鼻につき、嫌がらせ染みたことを受けていたのだ。そのため「自分の存在を認めて貰いたい」という想いが少なからずあった。
今はマブダチや相棒のおかげでだいぶ落ち着いているが、その気持ちは痛いほど分かるのである。
「でも、レオナ先輩は乗ってくれそうにないよな………」
努力しても認められないから、というのもあるかもしれないが、レオナは「怠惰なライオン」と称される事もあるくらいに物ぐさだ。歌を歌って欲しいとお願いしても、とてもではないが聞いてはくれないだろう。また、タダでは歌ってくれないだろう、とも。
その点ジャミルはカリムが絡まない、自分の不利益にならないことならば案外乗ってくれる。また、VDCで歌や踊りの上手さはお墨付きだ。ヴィルがソロを担当させるのだから、その実力はプロから見ても確かなものである。
完璧主義のキライがある彼ならば、きっと素晴らしい歌を聴くことが出来るだろう。
「よし、ジャミル先輩に頼もう」
対価は宴の準備の手伝いで良いかな、と考えながら、監督生は軽い足取りでスカラビア寮へ繋がる鏡を潜った。
***
エースが暇つぶしにマジカメを覗いていると、珍しいアカウントに動きがあった。同じバスケ部所属のジャミルのアカウントである。
どうやら動画を投稿したらしい。投稿された動画は三つ。タイトルは全てその曲のタイトルに「歌ってみた」という言葉が添えられている。動画概要はシンプルで「監督生に教えて貰った曲を歌ってみた」と同じ文言だけが載せられていた。
曲名は『Waltz of Anomalies』、『キライ・キライ・ジガヒダイ!』、『炉心融解』である。曲名で検索してみても、三曲ともヒットしない。監督生に教えて貰ったということは、監督生の世界の曲なのだろう。
監督生が自分の世界の歌が好きだというのは知っていたが、彼は自他共に認める音痴である。故にその素晴らしさを伝えられないのを残念がっていたのを知っている。口には出さないが、監督生の好きなものをいつか知れたら良いな、と思っていた矢先にこの投稿である。
一番最初に好きなものを教えて貰っていたのは自分たちマブダチであるだろうに、実際にその好きな曲を聴いたのはそこそこ仲の良い先輩であるというのは面白くない。「自分は監督生のマブであるはずなのに」という気持ちが胸に広がる。そこにほんの少しだけ「オレの方が先輩と仲良いのに」という想いが混じり、エースの胸中は複雑怪奇だ。
まずは自分たちを差し置いて先輩に歌を教えたことの文句を監督生に言って、ホリデー後からノリの良くなった先輩を盛大にからかってやらなければ。
何はともあれ、まずは動画を見てからでないと始まらない。複雑な心境を一旦隣に置いて、エースは動画を再生した。
その数分後、エースはスートが溶けるくらい盛大に泣いた。
ジャミルのマジカメに投稿された曲を改めて聴いた監督生はほくほくとした笑みを浮かべてご満悦だ。
しかし、「炉心融解はスカラビアコンビで歌って貰うのも良いかもしれない」と気付いてしまい、更なる地獄が待っていることを現在阿鼻叫喚に陥っている生徒達は知らない。
更に「バレリーコも二人に似合いそう」と欲望のままに突っ走った監督生が、ヴィランズの柔らかい()心を粉々にするのは、もう少し先の話である。