守らなきゃならないのは分かってるけどしんどいときあるよね






「監督生って化粧苦手なの?」


 食堂で昼食を取っていたときのことである。化粧っ気のない監督生の顔を見て、エースが首を傾げた。
 エースが今まで出会ってきた女の子は、みんな化粧をしていた。マナーとしてだけでなく、趣味として嗜んでいた子が多い。
 監督生も年頃の女の子。化粧を楽しみたいと思うものではないだろうかと、ふと思った疑問を投げかけたのだ。


「やりたいとは思うんだけど、練習中にこっちにきちゃってさ。上手く出来ないんだよね」


 化粧品にまで手が回せないって言うのもあるけど。そう言って監督生は苦笑する。
 監督生は現在、学園長からの支援で生活している。限られた資金の中でやりくりしていかなければならないため、化粧品にまで手が回らないのだ。
 君のツナ缶代も含まれているんだぞ、とお腹いっぱいでお昼寝を楽しんでいるグリムの頬をつつく。


「ミドルスクールの時にしてなかったの?」
「うちの国、学生は基本的に化粧禁止だから」
「マジで!!?」
「そうなのか!!?」
「うん。校則で決まっているんだ」


 エースの隣で話を聞いていたデュースも、これには驚きの声を上げる。
 ツイステッドワンダーランドでは化粧は当たり前に行われているものである。ミドルスクールに上がる頃には一人で化粧が出来るようになっているもので、学校にも化粧をしていく者が多い。
 こっそり聞き耳を立てていた周囲の生徒達も驚いて目を瞠っていた。


「化粧なんてしていったら、水道で洗えって言われて、完全に落ちるまで授業すら受けさせて貰えないし、内申点も大幅に落とされちゃうし、化粧をしていく気にもならなかったよね」


 ちなみにメイク道具とかクレンジングオイルとかも没収されるから、それらは使えないよ。
 げんなりとした顔で溜息のように吐き出す監督生の言葉に、近くに居たポムフィオーレ寮生が悲鳴のような声を上げた。
 美を重んじるポムフィオーレ。そんなことをすればいかに肌を傷付けるかを知っている。悲鳴を上げるもの自明の理であった。


「あと、髪を染めるのも禁止だったよ」


 明るい髪色の多いツイステッドワンダーランドでは珍しい、濡れ羽色の髪を指でつまみ、監督生が言葉を続ける。


「うちの国は基本的に黒髪なんだけど、たまに薄い色素の髪で生まれてくる子がいるのね? そういう子は地毛登録って言って、生まれつきこの髪色なんですよって証明しなきゃいけないんだ」
「そんなことでそんな証明まで必要なの!?」
「どうやって証明するんだ?」
「赤ちゃんの頃の写真を見せたりするんだよ。それにたいして「紛らわしい」とかブチブチ文句を言ってくる先生とかいたけど。生まれつきのものは仕方ないのにね」


 ハートの女王の法律も訳分からないものが多いが、監督生の世界の校則も意味が分からない。生まれ持った個性にすら文句を言われるなんて理不尽すぎるだろう。マブ達を筆頭に、派手な髪色の生徒達が何とも言えない顔でしみじみとした監督生の顔を見やった。
 ちなみに監督生の声が聞こえるギリギリの所に座っていたリドルの目は死んでいた。生まれつきの髪色に文句を言う輩がいるという事実に憤りたいのだが、それが決められたものを遵守するための行動であるとなると、咎めることが出来ないからである。


「で、髪を染めてきた子は学校が用意した黒染め用のスプレーをしないと授業受けられなくて。それで仕方なく染めるんだけど、まだら模様みたいになってて可哀想だったな………」
「はぁ!?」
「わざわざスプレーまで用意してんの!?」
「そうだよ」


 何本も用意された黒染め用のスプレー缶を思い出し、監督生が遠い目をした。それは懐かしんでいるのではなく、虚無によるものであった。


「それが嫌で反抗した子なんて家に帰らされちゃって、黒く染めてこないと学校に入れさせて貰えないんだ」
「わざわざ学校来たのに!?」
「それを許しちゃったら校則で定めてる意味が無くなるからね」


 校則以外にも、ハートの女王の法律を守っているハーツラビュル寮生が渋い顔をした。
 ちなみにリドルはテーブルに突っ伏した。言いたいことは多々あるが、それを自分が口にするのは完全に棚上げ状態になってしまうからである。


「あと、制服の下にパーカーとかも着ちゃ駄目だったよ。というか、学校指定以外のものを着てきたら没収されちゃうの。どんなに寒い冬でも容赦為しに」


 学校指定以外の服を思いっきり着用しているスカラビアコンビが二人で顔を見合わせた。
 二人は温暖な気候の国から来たために、学校指定の制服では少々肌寒いのだ。そのためパーカーやカーディガンを着ているのである。それが許されないとなると、体調面で不安が出てくる。
 マジか、という唖然とした顔で監督生を凝視してしまうのも仕方の無いことだろう。


「アクセサリーなんて以ての外。没収されて、三者面談のときの保護者に返却っていう形だったよ。まぁ、先生も管理しきれないから、没収されたら返ってこないことが殆どだったけど」


 その言葉にオクタヴィネルの双子がそっとピアスをポケットの中に隠した。ないと分かっているけれど、没収されて無くされてはたまらない。
 ちなみにそのときの双子の顔は「無」であった。同時に表情が抜け落ちる瞬間を見てしまったアズールはちょっと動揺して手に持っていた水を零したが、幸いにもそれに気付かれることはなかった。


「あ、ちなみにこれハイスクールの話ね? ミドルスクール以下はもっと厳しかったよ。下着とか髪型の指定とか」
「し、下着!!?!?」
「そこまで行くとハラスメントじゃね!!?!?」


 ドンガラガッシャン。
 女性を大切にする文化圏の住人達が椅子から滑り落ち、昼食をひっくり返した。


「体操服とかカッターシャツに下着がうつるから白じゃないと駄目って言われたし、ポニーテールも禁止だったんだよ。うなじが見える髪型は、男子生徒の劣情を煽っちゃうからっていう理由で、耳より下の位置で束ねないと、やり直しさせられるの」


 確かにシャツが透けてるとドキドキするし、ポニーテールっていいよねとは思うけれども。
 よろよろと何とか椅子に座り直した生徒一同が頭を抱える。
 下着についてはまだ分かる。けれども髪をいじるのは女性にとってはオシャレの一環である。そんなことまで制限するのは些かやり過ぎではないだろうか。


「でも、肩に掛かる髪の長さの女の子はみんな髪を束ねないといけないって言う決まりがあって、ポニーテールしてなくてもうなじなんて見放題なんだよね」
「なんっっっっっだよそれ!!!!!」


 ―――――本末転倒じゃん!!!
 エースの叫びに食堂にいた全生徒が同意した。


「まぁこれはまだ良いんだけど」
「いいのか!!?!?」
「十分ふざけんなって感じだけど!!?!?」
「さっき下着の指定があるっていったでしょ? きちんと指定の下着を着ているかどうかの確認作業があるんだよねぇ………」


 黄昏れたように視線を落とした監督生の言葉に、ヒュッと、誰かが息を呑んだ。


「下着の確認とか、女性の先生が少ない学校だと、男性の先生がやるんだよ」


 ドンガラガッシャン!
 ドゴッシャァァァアアアアア―――――!
 先程とは比べものにならないくらいの音が食堂中に響き渡る。
 先程は大丈夫だった生徒達も、あちこちでひっくり返ったのだ。


「私の通ってたミドルスクールは女性の先生が多かったから女性の先生が確認してくれたけど、他校は男性の先生がしてたって」
「「そんな教師は首を刎ねろ」」


 据わった目で息を揃えたエーデュースに、離れた席でリドルがマジカルペンを握った。
 他の生徒もマジカルペンを手に殺気立っており、食堂は殺伐としていた。


「でもこれ、男女合同の集会でやってたから、どっちみち意味なかったように思うよね」


 ―――――髪型で男子生徒の劣情を煽るからとか言っておいて!!!!?????
 言ってることとやってることのあまりの矛盾に、多数の生徒が白目を剥いた。


「あと、プライマリースクールのときは文房具の指定もあったよ。シャープペンを使ったら没収されて、卒業まで先生に取り上げられちゃって」


 お兄さんお姉さんぶりたい子が持ってきちゃって、取り上げられて大泣きしてたなぁ………。
 ふう、と溜息をつきながら漏らされた一言に、弟妹が居る生徒達が床やテーブルに突っ伏した。
 大人の真似をしたがる時期があることをよく知っているので、泣き喚いている姿を容易に想像できてしまったためだ。


「そう考えると、NRCの校則ってゆるいよねぇ………」


 少しばかり自由すぎる気もするも、やんちゃすぎる気もするが、生徒にとっては過ごしやすい校風だろう。
 ハートの女王の法律の方がまだ意義があるかもしれない。そう思ったエーデュースはもう少し真剣に自寮のルールに真剣に向き合うことを決意した。


「まぁでも、私の通ってた学校はまだマシだったなぁ。下着確認の時に制服を脱がされたりとか、セクハラとかしてくる先生もいるって聞いたし」


 その一言で話が聞こえていたNRC生たちは心を一つにした。『監督生の世界に生まれなくてよかった』と。
 後日、監督生の話を聞いていた一部生徒から、「NRCではオシャレしても怒られないから」と泣きながらメイク道具や髪飾りなどを大量に贈られることとなる。




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