成り代わってもオレはオレ
今日もかわいいね、と毎日飽きもせずに囁きながら、フロイドがジャミルを抱きしめた。
ジャミル以外の相手に対するときとは違う。気安いけれど、雑さはなく、ガラスを包むように腕の中に閉じ込める。
ジャミルが大事なのだと、特別なのだと伝えるような仕草に、ジャミルは言いようのない気恥ずかしさを覚えた。
彼のその態度が、口先だけでなく、心の底から自分を好いているのだと伝えてくるのだ。確かな羞恥を覚えてしまって、顔が紅くなりそうになるのを悟られないように、呆れたような表情を作る。
「よく飽きないな、君は」
「飽きないよー。だって、そんだけジャミルが好きなんだもん」
背後にある大きな身体に体重を掛けるように身体を預ける。けれどビクともしない体幹の強さに、悔しさよりも安心感を覚える。
自分から身体を寄せてきたジャミルに気をよくしたのか、フロイドがすり、とジャミルの黒髪に頬をすり寄せた。それと同時にジャミルの身体を抱きしめた腕に、ほんの少しだけ力が込められる。
力を込めると言っても、添えられていただけの手が、確かな抱擁へと変化を遂げた程度の力加減だ。
どこまでも優しい触れ合いに、ジャミルが肩を竦めた。
「君は俺のどこに惚れたんだ? 一目惚れだと言っていたから、やはり顔か?」
「まぁ、顔が好みなのは確かだよ。式典服やばかった………!」
拳を握って力強く言い切るフロイドに、ジャミルが冷めた目を向けた。
「制服とどこが違うんだよ………」
「ぜんっぜん違うよ??? 式典服のウミヘビくんは圧倒的“美“。いっそエグいレベル」
「美しさならヴィル先輩とか居るだろ」
「ベタちゃん先輩も確かに綺麗だけどウミヘビくんとは美しさの種類が違うじゃん。ベタちゃん先輩は完成された美しさでしょ? ウミヘビくんは少年と青年の間の刹那的な美しさって言うか、そんな感じじゃん」
「お、おう……?」
「とにかく! 全然ちげぇの! オレが好きになったのはウミヘビくんなの!!」
「お、おう………」
こんなに一つのことを熱く語るフロイドは初めて見る。
アズール達も見たことがないのではないだろうか、と思いながら、ジャミルはフロイドに圧倒されて彼の言い分を理解したフリをした。
「そんで制服はひたすらにあざとい! 何このぶかぶかパーカー!! 挙げ句に萌え袖!! オレを殺しに掛かってるよ!?」
「何一つ覚えが無いんだが???」
「無自覚って罪だよね!!!」
「冤罪なんだが???」
うーうーと唸りながら、フロイドが肩口に額をすり寄せる。
「というか、かわいいのか美しいのかはっきりしろ」
「服によって印象が変わるの! 式典服は何か触っちゃ駄目っぽい印象だけど、制服だとぎゅーってしたくなるかわいさがあるの! ぎゅってしていい!!?」
「断る」
「まぁ、するんだけどね!!!」
壊れ物に触れるように触れていたフロイドが、振り払えないほどの力で抱きしめてくる。
それでも痛くも苦しくもないのだから、相当な力加減をしているのだろう。そこまで大事にしてくれているのだろう。
大事にされているという事実が面映ゆく、どうしようもなく嬉しい。
けれどそれを悟られるのはもっと恥ずかしいから、つんと澄ました表情でフロイドを見上げた。
「断っても抱きしめてくるなら、尋ねる意味なんてないじゃないか」
「だって、ぎゅってしたかったんだもん」
「だもんって、お前な………」
「てか、ぎゅってされ慣れてるの腹立つ!! ラッコちゃんにもぎゅーってされてんでしょ!!?」
「あいつが勝手にひっついてくるだけだ」
「何それすっげぇ嫌だ! オレ以外にされちゃ駄目だからね!」
独占欲なんてものもあるのか、とほんの少し驚きつつ、フロイドが嫌がるなら抱きつかれないようにしようかな、と思ってしまう程度にはフロイドに絆されてしまっているジャミルであった。
後日、その瞬間を目撃したフロイドが顔を覆って膝を付くという珍妙な光景を目にすることになるなど、この時のジャミルには知る由もなかった。