成り代わってもオレはオレ
待ちに待った入学式。黒い鰭のような式典服を着て、オレ―――――フロイド・リーチは新入生としてナイトレイブンカレッジにやってきた。
長い尾鰭を海に置いてきて、人間の脚を手に入れたオレ達は、今日からNRC生になる。
「くっ………! あ、脚が痛い………。身体が重い………」
「ええ、アズール。重力とは凄まじいものですね………!」
上機嫌なオレとは逆に、幼馴染みのアズールと、オレの双子のジェイドは二本脚に苦戦を強いられていた。また、海には存在しなかった重力が重くのし掛かり、二人はその負荷に辟易しているようだった。
他にも、オレ達と同じように海から上がってきたと思わしき生徒たちが一様に苦悶の表情を浮かべている。オレは前世の記憶があるから、他の人魚達よりもずっとマシだった。もちろん、多少は苦戦したし、今も身体は重いと思うけれども。
「二人とも、まだ慣れねぇの?」
「………フロイドは元気ですねぇ」
「同じ人魚なのに、どうしてこうも違うんですかね………」
恨めしげな表情を浮かべる二人に、オレはにんまりと笑う。
オレはジャミルと同じバスケ部に入部するつもりなので、人間の身体に慣れることに対しての熱意は二人とは一味違うのだ。
「だって人間の身体って面白ぇんだもん。そんで夢中になって動かしてたら動けるようになっただけだし。練習足りないんじゃね?」
カチンと来たらしいアズールが悔しげに奥歯を噛み、ジェイドはおやおやと微笑みつつも冷たい空気を纏っている。
煽り耐性低すぎじゃね、と思いながら喉の奥で笑う。
一通り二人をからかって満足して、オレは美しい黒髪を探して小魚の群れを見渡す。
中々見つからない目当ての人物に、自然と眉が寄る。
入学式はつつがなく進んでいく。
最初から闇の鏡による寮分けを眺めていたけれど、ジャミルらしき人物は見つからない。
オレよりも後なのかな、と後ろを振り返ってみた。
「汝の名を告げよ」
「―――――ジャミル・バイパーです」
そのとき聞こえてきた声に、闇の鏡の前に立つ人物に目が釘付けになる。
スカラビアに振り分けられた彼は、まさしくオレが探していた人物で、考えるよりも先に身体が動いていた。
歩くのに合わせて揺れる美しい黒髪。涼しげな音を奏でる鈴の髪飾り。真っ直ぐに伸びた背筋。しなやかな足取り。その全てが、俺の心をかき乱す。
『フロイド』のことを“そこそこ関わりがある”とか。“中々良いポジション”とか。そんなもので満足していた過去のオレを殴り飛ばしたい気分だ。
けれど、それも仕方ないのかもしれない。だって、オレは初めてジャミル・バイパーに出会ったのだから。
―――――だって、本物がこんなにかわいいとは思わないじゃん?
こんな、何もかも奪い去るような、どうしようもないほどに美しい存在だなんて!!!
小魚の群れを掻き分けて、咄嗟にジャミルの腕を掴んだ。
突然腕を掴まれたジャミルはオレを振り返り、大きく目を見開いていた。
そんな顔もかわいくて、自然と頬に熱が灯る。
「初めまして。オレ、フロイド・リーチって言うの」
掴んでいた手を解き、指先を掬うようにそっと手を添える。それから片膝をついて、下から見上げるようにジャミルと目を合わせた。彼は困惑したような目付きでオレを見つめていた。
「君の名前を教えて?」
「な、何故………?」
心地よい声が耳朶を打って、オレはうっとりと目を細める。
親指でジャミルの指先を撫でると、彼は気まずげに視線をうろつかせた。
「オレね、君に一目惚れしちゃったんだ。だから、君とお近づきになりたいんだよね」
「―――――は?」
「「「はぁぁぁあああああああああああああああああああ!!?!?」」」
オレを追いかけてきたらしいアズールや、オレ達に注目していたらしい小魚たちが絶叫する。それで自分が視線を集めていることに気付いたジャミルが慌ててフードを被り、羞恥で紅く染まった顔を隠した。
やっちゃったかな、と思いつつ、後悔はしていない。ジャミルがオレの想い人だって周知の事実になっちゃえば、色々と都合がよくなりそうだし。それに、思わず告白しちゃうくらいに、ジャミルがかわいかったんだもん。仕方ないよね。
「ね、名前教えて?」
入学式を中断させたとして、同級生となるリドル・ローズハートと一悶着を起こす、ほんの数分前の出来事であった。