成り代わってもオレはオレ
突然で申し訳ないのだが、フロイド・リーチに成り代わっていたんだが、どうすれば良いと思う?
いや、本当に突然のことだから、何一つ理解しがたいことであると思うので、少し身の上話をしよう。
オレは自我が芽生え始めたときから、少し変わった稚魚であった。産まれながらの人魚であるはずなのに、辺り一面に海水が満ちていることや、自分が人魚であることに驚くなどしていた。珊瑚の海で産まれたオレにとって、それはごく自然なことであるはずなのに、何故かその事に酷く狼狽していたのだ。
けれど、その動揺の答えはすぐに判明した。己の兄弟であるジェイド・リーチの顔を見て、前世の記憶というものを思い出したからである。
オレの前世は魔法なんて存在しない平凡な世界で、ごく普通の人間として生きていた。更に言うなら、今世のオレであるフロイド・リーチの登場する『ツイステッドワンダーランド』というスマホゲームの存在する世界であった。
つまりオレはゲームの登場人物に生まれ変わったと言うことだ。所謂成り代わりというやつである。
「フロイドのガチ勢とかが見たらブチ切れそうだなぁ………」
まぁ、その筆頭であろうジェイドがオレが正規のフロイドではないことを知らないため、怖いのは自分と同じように原作知識を持っている存在である。でも成ってしまったのは仕方ないだろうとも思うのだ。好きで成ったわけではないので。
「フロイドも好きだけど、どうせならジャミルの周囲の人物に成りたかったなぁ………」
ゲームをプレイするときに、最初に好きな一人を選ぶことが出来るという演出がある。前世のオレが最初に選んだのはジャミル・バイパーという黒髪が美しい褐色の美少年だった。
性癖にぶっ刺さる容姿とか、闇深い一面を持っていたりとか、なんかもう「全部好き!!!!!!!!!!」となるような、所謂推しキャラというやつだったのだ。
どうせ成るなら、そんな彼を幼い頃からそばで見守り続けられるような存在に成りたかった。
ジャミルに嫌われているカリムに成るのは御免被るので、兄弟とか親戚とか、合法的に傍に入れるポジションが良い。いっそ髪飾りの紅い宝石とかでも良かった気がする。推しを見守れるなら無機物でも構わない。
「まぁでも、フロイドはそこそこジャミルと関わりあるし、そこまで悪いポジションじゃないのかも」
フロイドとジャミルは同じバスケ部に所属している。
更に言うなら個人エピソードであるパーソナルストーリーを見るに、フロイドがジャミルを気に掛ける描写が存在していたりする。
つまりは本編で描かれていないところでも、彼らにはそれなりの交流があると言うことだ。そう考えれば、近すぎず遠すぎず、中々良いポジションなのかもしれない。
「あはっ、何か悩み解決しちゃったかも」
この身体に成り代わったメリットを見つけると、悩んでいたことが一気に馬鹿らしく思えてくる。
思う存分、『フロイド』を楽しもう。だって、成ってしまったということは、そう生きるしかないのだから。
(でも、フロイドに成り切る必要はないよね。だってオレはオレだし)
別人である以上、演じることは出来ても、本物に成り切ることは出来ない。中途半端に本人に成り代わるより、偽物は偽物と割り切って、同じ顔をした別人として生きた方が潔い。
どうしようもないことを悩むなんて時間の無駄でしかない。次の生で今世の記憶が残ろうが残るまいが、“今”は一度切りなのだ。楽しまないでどうするというのか。
「あー、早くNRCに行きたいなぁ」
物語が動き出すのはまだ当分先のこと。海の底を揺蕩いながら、美しい黒蛇に思いを馳せるのだった。