髪を切ったジャミルの話
滑らかな褐色の肌。切長の涼しげな目元。艶やかな黒髪。
ふわりと風に舞う黒髪は、誰もが目を奪われるほどに美しい。
けれどその髪が、今日は風に靡く事はない。
「じ、ジャミルさん…………?」
件の髪を持つ少年、ジャミル・バイパーは、自分に向けられた声に顔を向けた。
クラスメイトのアズール・アーシェングロットだ。彼はジャミルの姿を見て、酷く狼狽えており、心なしか顔色も悪い。
「ああ、アズールか。おはよう」
「お、おはようございます……」
震える声で返される挨拶に、ジャミルは首を傾げた。そのとき、さらりと頬を擽る感触に、「ああ、これか」と納得する。
「面倒だから切ったんだ」
さらり、と事もなげに言ってのけるジャミルに、背後からドサドサと騒音が聞こえた。
ちらりと背後に目を向けると、アズールと同じく人魚のクラスメイトが真っ青な顔でジャミルの髪を見つめていた。
彼だけではない。クラス中がジャミルに釘付けだった。
「待って!? 面倒だから切ったぁ!!?」
ポムフィオーレのクラスメイトが悲鳴染みた声を上げた。
彼は髪に並々ならぬこだわりを持っており、自分の美しい髪に誇りを持っている。
また、他人の髪を鑑賞するのも好きで、ジャミルの髪は彼の一等のお気に入りであった。
それが損なわれている。彼は今にも気を失ってしまいそうだった。
「で、でも、手入れとか、してたよね……?」
結構気に入ってたのでは……?
恐る恐る声を掛けてきたのは珍しいことにイグニハイド寮生だった。
彼もまた、酷い動揺が見られる。
「伸ばし始めたきっかけは、わざと髪を掴まれて囮になることも出来るからっていう理由だから、別に惜しくは無いかな」
「突然の熱砂ハラスメントやめろや」
「その言い方だと、自分の意志で切ったわけでは無い、と聞こえるんだが?」
怒ったような声を出したのはサバナクローの獣人の生徒と、同じスカラビアの生徒だ。
さすが熟慮の寮生。語感の違和感を読み解くとは。
ジャミルはまだ慣れない長さの髪を撫でた。
「ああ、まぁ。先輩に髪を切れってハサミを渡されたから、抵抗するのも面倒でな」
「「「面倒ってそういう意味かよ!!!」」」
―――――もうやだスカラビア!!!!!!!
クラスメイト達が頭を抱えて叫ぶ。
ちなみにスカラビア寮生は無言で床に倒れ伏している。
確かに問題を起こしたらしいという噂は聞いているけれど、だからって髪を切らせる???
嫌がらせにしては度を超していないか???
見目を大事にするポムフィオーレ生や、髪を大切にする文化のある人魚勢はほぼ半泣きだった。
彼らの心情をほぼ正確に読み取ったジャミルは、小さく溜息をついて肩を竦めた。
「カリムに気に入られているのが気に食わないんだろう。だから、カリムが気に入っている髪を切らせたんじゃないか?」
「……そのカリムは?」
「あまりにも泣き喚いて煩いから魔法で言うこと聞かせた」
「え、えげつない……」
「今回くらいは優しくしてやって……」
まだダメージの少ない生徒達がカリムに同情した。子供のように泣き喚く姿が想像できたからである。
「ま、もとの長さに戻るのを気長に待つさ」
そう言って何でも無いことのようにジャミルは口元を緩めるので、クラスメイトは押し黙る。
しかし、自分たちの目を楽しませてくれる美しい髪が損なわせたのは気に食わない。
何としてでもその先輩とやらを見つけ出し、報復してやろうと決めたのだった。
おまけのバスケ部
エース「えっ!? 先輩の髪が短くなってる! 何かあったんスか!?」
フロイド「 」
ジャミル「あー……。詳しくはアズールが知ってるよ」
エース「いやいや説明してくださいよ! その反応からして自分で切ったんじゃないやつじゃん!」
ジャミル「いや、自分で切った」
エース「どういう事!? 意味分かんねぇんだけど!?」
ジャミル「カリムに気に入られているのが気に食わないらしい輩に髪を切れと迫られてな。ご丁寧にハサミまで用意してきたから、切ってやったんだ」
ジャミル「流石に本当に切るとは思っていなかったのか、酷く驚いた顔をしていたよ。あれは中々見ものだったぞ」
エース「そりゃびっくりしますよ!」
フロイド「………………そいつのクラスと名前わかる?」
ジャミル「え? 確か、3年△組の○○・×××だったかな」
フロイド「ふぅん、そっかぁ。ありがとね」
エース(あ、これ、明日には消えてるやつ)