宙空の落書き
淡々とした声が眠気を誘う魔法史。
珍しく真面目に授業に出ていたフロイドは、けれどやっぱり途中で飽きてしまったのか、ぼーっと窓の外を見つめていた。
「落書きしよ」
ふと思いついたような呟きがフロイドの口から漏れる。机の上に転がっていたペンを取った。
文字を書くときとは明らかに違う動きで、ペン先がノートを滑っていく。
―――――さて、何を描いているのやら。
フロイドとの間に一人分の空白を開けて隣に座っていたジャミルが呆れたように肩を竦めた。
暇そうではあったが、機嫌は悪くないようで安心する。
今日は放課後に部活がある。
最高に機嫌が悪ければ部活に来ないことが殆どだが、中途半端に機嫌が悪いと発散のために部活参加を決めることがあるのだ。
同じ部活に所属しているジャミルは、フロイドに絡まれる確率がそこそこ高い。機嫌が良いならば面倒は少ないため、機嫌が良いに越したことはない。
頼むからそのままの機嫌でいてくれ、と思いながら、ジャミルは黒板に向き直った。
板書に集中していると、何やら背後がわずかにざわついている。何だ、と思ってわずかに視線を背後に向けようとして、ジャミルは思わず隣を凝視した。フロイドの落書きが、ノートをはみ出して、空中にまで及んでいたのである。
デフォルメされた水色のウツボ。眼鏡をかけた紫にタコ。オレンジ色の星形。おそらくはヒトデだろう。クジラにイカにイルカまで。様々な海の生物を宙に描いていた。
なるほど、これは騒ぎもするはずだ。
宙をキャンパスにするために固定魔法を。落書きに色を付けるために色変え魔法を。授業中の落書きに、贅沢に魔法を使っている。
(授業中に何をやっているんだ、あいつは……)
天才型なフロイドは、常人には理解できない言動を取ることが多い。これもそのうちの一つだろう。
自分に害がないならどうでも良いか、と実にNRC生らしい結論を出し、ジャミルは前を向く。
そんなジャミルの前に、ふよよ、と一匹の海洋生物が漂ってくる。オッドアイのウツボだった。
フロイドの髪と同じターコイズブルー。ゴールドの瞳。右目がゴールドであることから、それがフロイドが自分をモチーフに描いたイラストであることが窺えた。
(どんだけ暇なんだ、お前………)
構えという合図だろうか。
授業妨害も甚だしい行為に、ジャミルが頭を抱える。
フロイドの意図を推し量ろうと、彼の方を盗み見ようとして、何かが唇に触れたような感触にジャミルが目を見開く。
「今日はここまで」
授業を放り出して遊んでいたフロイドの方を睨みながら、トレインが厳かに告げる。
授業終了の合図を確かに耳にしたはずなのに、ジャミルはしばらくその場から動くことが出来なかった。
おまけ
「あれ? ジャミル先輩、どうしたんスか?」
「何がだ?」
「唇、真っ青ッスよ」
「!!?!?」