甘党ジャミル
珍しく最高に機嫌の良いフロイドが、何やら袋を抱えて部活に顔を出した。
機嫌が悪いときのフロイドには近寄るべからず。機嫌の良いときのフロイドには自分から関わるべからず。それがバスケ部の共通認識だ。
何せ、機嫌が良いときでも、彼がその時関わりたくないと思う相手が声を掛けた場合、ジェットコースターの落下もかくやという勢いで機嫌が急降下する。それがフロイド・リーチという男だった。
「カニちゃん、あーん」
「え、なに、んぐっ!」
今日の構いたい・構って貰いたい相手はどうやら後輩のエースだったらしい。そこそこ仲の良い相手の分類に属する彼は、よく標的にされる。
自分でなかったことに安堵しつつ、部員達はそれぞれのメニューを消化すべく、ボールに向き直った。
「むぐ……。うまっ! え、なんスか、これ?」
「えっとねー、ラウンジの新メニューのパフェに乗せるクッキーの試作品。作りすぎちゃったから持ってきたの」
「へー。このクッキーだけでも十分売れそうッスよ」
「そう? レジ横で販売するのも良いかも~」
エースの口に問答無用で突っ込まれたのは、デフォルメされた魚の形をしたクッキーだ。
見た目も可愛らしく、味も良い。
ラウンジに良い思い出のないエースとしてはあまり踏み入れたくない場所であるが、ラウンジで提供される料理の味は確かだ。クッキーだけでこの美味しさなら、きっとパフェになると更にクオリティの高いものが作られるだろう。
新メニューが発売されたらいこうかな、と思いながらクッキーを飲み下した。
「はい、ウミヘビくんもあーん」
今度はエースの隣で練習をしていたジャミルに矛先が向く。真っ先にエースに向かっていったので油断していたジャミルは逃げる間もなく掴まった。クッキーで唇をつつかれ、仕方なく口を開ける。
口に放り込まれたクッキーは、バターがふんだんに使われており、サクサクと香ばしい。甘すぎず、甘いパフェに乗せるには丁度良いように思われた。
「おいしー?」
「ああ。クッキー単体だと甘党には物足りないかもしれないが、パフェに乗せるならこのくらいの甘さが丁度良いと思うぞ」
「んふふ、でしょー? オレてんさーい!」
「そうだな」
珍しく素直なジャミルに、フロイドが目を瞬かせる。
フロイドに貰ったクッキーを味わうように食べるジャミルは、心なしか頬を緩ませているように見えた。
(ウミヘビくんって甘いもの好きなのかな?)
好物がカレーということもあり、フロイドの中のジャミルは辛党のイメージがついていた。
しかし、この分だと甘いものは嫌いではなさそうだ。むしろ好んでさえいるように見える。
クッキーを飲み込んだのを確認して、もう一つ口元に運ぶと、今度は素直に口を開いた。
それが何だかかわいくて、指の背でクッキーを咀嚼する頬を撫でた。
「また作ってあげるね」
気分が乗ったらだけど、と言いつつ、また作ってしまうだろう自分を想像して、フロイドはゆるく微笑んだ。