振り回すフロイドと振り回されるジャミル






 クルーウェルに魔法薬学で使用する花を採取するよう依頼され、その余剰分をお駄賃として受け取ったジャミルは花束を抱えて首を捻っていた。
 ジャミルが抱えているのは5つの花弁を持つ真っ白な花。化粧のように纏った燐光が特徴的だ。
 燐光を纏った純白の花弁は、見る者を楽しませる魅力がある。
 しかし、この花の良いところは美しい見た目だけではない。観賞用としてだけでなく、食用にも薬にもなるのだ。
 花弁はリラックス効果のある紅茶の茶葉に、花粉は鎮痛剤の材料に、顎から茎の部分は乾燥させて粉末にすれば睡眠薬の材料になる。
 特に有名なのは蜜である。舌の肥えた貴族も認める一級の味で、一昔前には生のまま蜜を吸うという遊びが貴族の中で流行っていたこともあるほどだ。


「どうするかなぁ……」


 この花を存分に活用する気概は十分にある。
 しかし、蜜の扱いは難しい。何せ一つの花に一口分の蜜しか無いのだから。
 けれど、この花の代表とも言える蜜を活用できないのはもったいない。故にジャミルはどうしたものか、と悩んでいたのだ。

 こてり、とジャミルが首を傾げる。その姿は花弁に頬を寄せているように見え、まるで絵画のような美しさを醸し出していた。
 花びらと頬の輪郭を曖昧にしたジャミルは貞淑な雰囲気を纏っており、その清らかさを手折りたくなるような心地にさせられる。
 運が良いのか悪いのか、うっかりそれを目撃してしまった生徒達はそそくさとその場を後にした。このまま眺めていると、後戻りできない道へ進んでしまいそうな気がしたからだ。
 幾人かは、その場に残って機会を窺っているけれど。


「………ま、いいか。俺へのご褒美だし」


 迷いに迷って、ジャミルは花の蜜を独り占めするという選択を取ることにした。苦労したのだから、ご褒美くらい無くてはやっていられない。
 花を手折り、根元に口を寄せる。ちろりと舌先で根元を舐めると、とろりとした蜜が溢れてくる。その味はまさに甘露だった。
 その味に誘われるように花に吸い付く。甘い蜜が口を満たす。
 甘いけれど、しつこくなくて上品な味わい。なるほど、これは“遊び”が流行るのも頷ける。
 わずかな蜜を吸い尽くして、甘くなった唇を舐めた。
 柔らかそうな唇に赤い舌が這う。たったそれだけの行動で、純潔を象徴するような絵画が淫蕩な気配を帯びる。
 手を伸ばしたいのに近寄りがたい。そんな相反する葛藤を生むジャミルに、果敢にも声を掛ける者が居た。


「ウミヘビくん」


 ジャミルと同じ2年のフロイドである。
 フロイドがジャミルに声を掛けたのを見て、自分の番が回ってこないことを悟った生徒達が足早にその場を離れていった。
 何の得も無いのに、何がきっかけで不機嫌になるかわからないフロイドに巻き込まれてはたまらないからだ。


「ん、フロイド?」
「なんで花食ってんの?」
「花を食べているんじゃなくて、花の蜜を吸ってるんだ」
「みつぅ?」


 花の持つ特性を説明するも、フロイドは上の空だ。
 しかしジャミルの持つ花から目を離さないことから、興味はあるらしい。


「お前も舐めてみるか? なかなか美味いぞ?」
「………いいの?」
「一つくらい構わないさ」
「あはっ♡ じゃあいただきまーす♡」


 花を一輪差し出そうとして、その前に手を伸ばされる。伸ばされた先は花ではなくジャミル自身で、大きな手が頬に添えられた。
 ぐい、と上を向かせられ、驚きに目を瞠る。フロイドの顔が、焦点が合わない程の距離まで近づいてきた。


「んっ………!?」


 ちゅう、と可愛らしい音が唇から聞こえる。
 唇に感じる柔らかい感触に、ようやっと状況を把握したジャミルが慌ててフロイドの身体を押し返す。
 しかし体格差と体勢もあり、フロイドはビクともしない。
 味わうように唇を舐められ、背筋が震えた。


「あぅ、ん、ふろ……っ、んぅっ!?」


 抗議の声を上げようとして開いた口の隙間に、長い舌がねじ込まれる。ぬるりと侵入してきた異物に肩が跳ねた。
 追い出そうと突き出した舌が絡め取られる。自ら差し出すような形になったことに羞恥と悔しさが押し寄せた。
 ぢゅ、と強く舌を吸い上げられ、身体から力が抜けそうになるのを必死に耐える。


「はぅ、ぅんっ……! やっ……!」


 呼吸が苦しい。チカチカと視界が明滅する。
 力の抜けきった拳でボスボスと胸を叩くと、フロイドがようやく口内から舌を引き抜いた。
 最後にもう一度唇を合わせて、距離を取る。
 先程まで好き勝手蹂躙していたくせに、やたらと可愛らしい音が鳴るのに腹が立つ。
 やっと晴れた視界でフロイドを見上げると、フロイドは頬を上気させ、捕食者のような眼差しでジャミルを見つめていた。


「んふふ、ごちそーさま♡」


 爛々と輝くオッドアイを睨み付けると、フロイドはにんまりと笑みを深める。


「美味しかったよー。また食べさせてね♡」


 するりと唇を撫で、フロイドが踵を返す。ひらりと後ろ手に手を振って、機嫌よさげに立ち去った。
 最初から最後まで好き勝手して、振り回すだけ振り回していく。そんなフロイドに、ジャミルがわなわなと拳を振るわせた。


「ふざっっっけんなぁ!!!!!」


 学園中に響きそうな叫び声を背中で聞き、フロイドは可笑しそうに笑った。




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