食文化が気になる監督生






「ずっと気になってたんだけど、肉食の獣人って草食の獣人を食べたりするの?」
「いきなり何言ってんだ、お前は」


 昼休み、食堂で昼食を取っているときのことだ。俺―――――ジャック・ハウルと共に食事を取っていた監督生が突拍子もないことを言い出したのは。
 監督生は異世界から来た魔力を持たない人間だ。大人しそうに見えて、しっかりとした芯を持っている。はっきりと意見を言うところは好ましい。
 そんな監督生が、まさかそんな問いかけをするとは思わず、つい凝視してしまう。
 俺の視線に気付いた監督生がへにゃりと眉を下げた。


「こっちには獣人なんて居ないから、気になってさ」
「ああ、まぁ、それなら………?」


 監督生の世界は魔法が存在しない。人魚や獣人のような亜人族も存在しないという。常識も何もかも、このツイステッドワンダーランドとは違う。ならば、その疑問も仕方が無いのかもしれない。
 ………仕方ないか? いや、仕方なくはないな?
 何だってそんなことを聞くのか。人間で考えるならば、人間が人間を食べるようなものであるというのに。
 確かに獣人は人間とは違う。しかし、その思考回路は人間と共通する部分もある。共食いに嫌悪を覚えるところなどは、人間も獣人も変わらない。


「肉食や草食っつーカテゴリーはあっても、獣人は獣人だ。食わねぇよ。共食いになっちまう」
「そうなんだ。じゃあ、人魚も人魚を食べたりしないのかな?」
「流石にしないと思うぞ」
「へぇ……。人間より理性的なんだね」


 興味深そうに、監督生が目を瞬かせる。
 新しい知識を得るのは確かに楽しい。それは分かる。けれど、何故こんな楽しさの欠片もない知識を得て喜ぶのか。
 トラブルに巻き込まれすぎて疲れているのだろうか。今日も授業中にやらかして教師に呼び出しを喰らっているグリム達に、キツく言っておかなければ。
 そんな風に監督生から意識を逸らしていると、監督生がとんでもない爆弾を投下した。


「まぁ、人肉は病気になるって言うし、猪の肉に似てて美味しくないらしいから、“人”の要素を持つ獣人や人魚も美味しくないのかな」


 シン……と、食堂に沈黙が落ちた。カシャーンと、カトラリーが床を打つ音が響く。


「………は?」
「どうしたの、ジャック。変な顔して」
「………………なんで、そんなこと知ってる」


 人肉で病気になる? 猪の肉に似ていて美味しくない? 何故、そんなことを知っているのか。そんな、まるで、食べたことがあると言わんばかりではないか。
 食堂のあちこちで息を呑む音が聞こえた。


「ああ、うん。人間は人間を食べることもあるよ。カニバリズムって言う文化があるんだ」


 ガッシャーンと、食堂が一気に騒がしくなる。あっちこっちで食事をひっくり返しているのが視界の端にチラついた。
 恐怖に引き攣った顔と、悲鳴染みた声が木霊する。


「………それは、犯罪じゃねぇのか?」
「もちろん、こっちの世界でも殺人は犯罪だよ? 自分も食べたことないし、倫理的に認められることじゃないし、嫌悪を示す人は多いよ」


 そう言って、監督生はやたらと緑の多い弁当箱のおかずを咀嚼する。


「食人をして処刑された人もいるし。ソニー・ビーンって言う人が有名かな。一族を率いて、25年間にわたって1000人以上を殺してきたんだって」


 わざわざ一族を率いてまで食人を行ったというのか。
 そもそも、そんな歴史の闇に葬り去れられるだろう人間が有名とは、一体どういうことだろう。監督生の世界は、一体どうなっているんだ。
 そして、それを平然と語る監督生が酷く恐ろしい。真面目でお人好しな監督生が、今までとはまったく別の生き物に思える。

 そんな監督生が野菜の咀嚼を終えて、しっかりと飲み下してから、今日最大の爆弾を投下した。


「ちなみに、今でもあるらしいよ。文化として人肉を食するところ」


 その一言に、とうとう、食堂にいた生徒達が悲鳴を上げて逃げ出した。
 かくいう俺は逃げ出しはしなかったけれど、耳としっぽがへたれてしまったのは仕方が無いことだと思う。










「………なぁ、なんで共食いについて聞いてきたんだ?」
「んー……。お腹が空いていたから、かなぁ……」
「…………は?」


 今、食事をしているのに?
 そう思って、監督生の手元を見る。自分で作っただろう弁当が確かに手の中にあった。
 けれど、その弁当箱が、何だかやけにちっぽけに見えた。それに加えて、やたらと野菜が多いような―――――。


(野菜?)


 それは本当に野菜なのだろうか。見たこともないような葉物ばかりだ。
 俺の知識不足だろうか。それとも―――――。


「限界を迎えたら、ちょっとかじらせてってお願いしちゃうかも。…………なんてね」


 ハッとして、顔を上げる。
 監督生は、青白く、痩せこけた顔で笑っていた。




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