問い掛けメランコリー
「君が好きだ。」
「・・・はぁ?」
静かな資料室に、バダップの硬質な声だけが響いた。
彼の言葉を反芻する。
反芻して、眉とひそめた。
彼は、冗談や戯言を言うような人間だっただろうか?
答えは考えるよりも先に出る。
答えは否だ。
私はため息をつくように息を吐きだした。
二酸化炭素が宙を漂う空気と混ざる。
「お前が口に出す言葉だということは、
それは私に伝えねばならない言葉なのだろう?」
「ああ。」
間髪いれずの返答か。
逆にこちらが返答に困る。
いきなり好意を伝えられて、困らない奴などいるのだろうか?
その上、どちらの意味ともとれる、その答えを考えるだけで一苦労な好意を示す言葉だ。
明確に述べてもらいたいものだ。
「それは友愛の言葉か?それとも否か?」
「否だ。」
「・・・・。」
否ときたか。
更に厄介だ。
友愛を告げられたのならば、同意を示すだけでいい。
しかし、それが愛の告白だと?
一体、何と返答すればいい。
このバダップ・スリードを相手に。
(ああ、厄介だ・・・。)
正直にいえば、告白は嫌ではなかった。
しかし、嬉しいかと言われれば返答に困る。
厄介だ。非常に厄介だ。
明確な答えが出ない。
彼は返答をせかすようなことはしない。
彼は私から目をそらさずに、口を閉ざしている。
その行動に、言外に、私への好意を少なからず感じる。
彼は本当に私が好きなのだ、と。
(どう答えるべきか・・・。)
彼の気持ちを無碍に扱いたくはない。
しかし、自分の意思を偽ってまで彼に答えるのは、失礼に値する。
ここは、自分の気持ちを正直に伝えるのが一番だろう。
(あ・・・・・。)
そこまで考えて、ふと思い当った。
自分の気持ちが、バダップの求める答えでなかったら?
もし、傷つけてしまったら、私と彼は友人にも戻れないのだろうか?
(それはいやだ・・・。)
厄介だ。非常に厄介だ。
彼を傷つけてまうのは嫌だ。
せめて、友人と呼べる立場でいたい。
バダップのことは好きだ。友人でいたい。
この感情が友愛以上かと問われると、わからないと答えるしかない。
が、ともかく彼が好きだ。
(どう伝えるべきか・・・。)
なんて厄介なものを抱えさせた、バダップ・スリード。
小さく肩をすくめさせれば、バダップが口を開いた。
「別に俺のことは考えなくていい。
俺の欲している答えと違うならば、友人として接するだけだ。」
彼は人の心が読めるのだろうか?
ならば、と私は縫いとめられていた口を開いた。
「ならば、正直に言わせていただこう。
友愛の意味ならば、迷うことなく君に好意を伝えられる。
しかし、その感情は友愛以上かと問われると、わからないと答えるほかない。
明確な返答が出なくて申し訳ないが、これが私の返答だ。」
バダップは小さく、そうか、と呟いた。
彼は少しだけうつむいて、思案にふけっている。
おや、と私は思う。
何かおかしいことを言っただろうか?
確かにあの返答にはしっくりこないものがある。
明確な答えが欲しいところだ。
しかし、今、目の前に居るこの秀才を悩ませるものが、はたしてあっただろうか。
(・・・・。)
ふと、答えのようなものに行きついた。
彼が思案にふける理由。
(私が明確な答えを出していないからか・・・。)
私は常に、正しいと思われる、もしくは正しい答えを導き出そうとする傾向にあるらしい。
少し前にエスカバに言われたことだ。
他人の目から見ても一目瞭然だそうだ。
そんな私が、これほどあいまいな答えを導き出すとは思わなかったらしい。
はっきり同意するか、すっぱり断るか。
彼の中で、私の答えはその二択しかなかったようだ。
「君らしい返答だ・・・。」
バダップが唐突につぶやいた。
そのつぶやきに、ふと首をかしげる。
私らしい?
その答えは、彼の口から出るものとは思えぬほどに滑稽だった。
「明確な答えが出るまで、本当の答えと口にせず、答えられる範囲で答えを出す。
実に君らしい返答だ。」
バダップはそれだけ言うと瞳を閉じた。
彼の言葉で思い出したことがある。
エスカバに、食えない奴だ、とも言われたことだ。
更に悪く言えば、卑怯な奴だ、と。
まったくもってその通りだ。
逃げているだけかもしれない。
しかし、本当にわからないのだ。
彼のことが、どういった意味で好きなのか。
思わず眉を寄せると、かすかに空気が震えた。
顔を持ち上げて、目を見開いた。
多分ではあるが、相当な間抜け面をさらしていることだろう。
彼の、この表情を見るのは、二度目である。
笑っているのだ。
あのバダップ・スリードが。
ただでさえ彼の貴重な笑みが、
声に出して笑っている表情が、まさか自分に向けられようとは。
やはり彼は、私のことが好きらしい。
うぬぼれとか、勘違いではなく、本当に。
ただ、私が彼への返答を思案しただけで、
返答を返しただけで、このような表情をしているのだから。
(なんて幸せそうに笑うんだ、お前は。)
ああ、もう・・・。
またわからなくなってきた。