毒を一匙
「君、傘美野中の子だよね?
かわいいね~。俺らと遊ばない?」
なんてベタな。
そう思ったのは、僕、松野空介だけじゃないはずだ。
一緒につれ立って歩いていた半田と風丸も思ったはずだ。
声がしたほうを見ると、傘美野中の制服を着た女の子と、雷門中の奴らがいた。
確か、よく学校をサボったりして、職員室やら生徒指導室に呼び出されている奴らだ。
女の子は腕を掴まれていて、うっすらと涙を浮かべている。
ちょっと見逃せない場面だけど、僕らは今大会中。
ここで問題を起こすと、みんなに迷惑をかけることになる。
どうしよう。
半田は何とも言えない表情で二の足を踏んでいた。
風丸を見ようとしたら、視界に映ったのは風になびく水色。
それも一瞬で消える。
消えたほうを見ると、風丸は不良と対峙していた。
「あ?ンだ、お前。」
「その子から手を放せ。
女の子を泣かせるなんて最低だぞ。」
何やってんの、風丸!?
発言はすごい男前だし、かっこいいけど、何やってんの風丸!!
「何いってんの?俺らはこの子と仲良くなろうとしただけだぜ?」
「お前らの眼はなんだ?ボールでも詰まっているのか?
どう見ても、その子は怯えてるだろ。まず、その手を放せ。」
ちょっ・・・!
僕ら一体どうしたらいいの?
僕、喧嘩とかしたことないんだけど!?
半田も不安そうだし、風丸もどう見ても喧嘩できるようには見えない。
僕らよりもずっと細い腕してるし、一般の男子中学生から見たら、かなり華奢な部類だ。
「お、おい、マックス・・・。
風丸の奴、大丈夫なのか・・・?」
「だ、大丈夫じゃないでしょ・・・。」
学校に連絡したほうがいい?
周りの大人に頼るか?
そう思って辺りを見るけど、路地裏のこの道は普段から人通りが少ない。
当然のように、大人なんていない。
「何?王子様気どり?かっこいいね~。」
「てか、こいつらサッカー部じゃねぇ?弱小の。」
「少しでも、株上げようってか?」
あいつら、殴ってもいいかな。
そう思ったのは僕だけじゃないらしい。
風丸が女の子の腕をつかんでいる不良の手をつかんだ。
目に見えて力が込められているのがわかる。
不良の顔が歪んで、腕が外れた。
「逃げていいよ。後は俺が何とかするから。」
「あ・・・っ。ありがとう・・・!」
女の子に笑いかけて、そういった。
女の子はすぐに走り出した。
なんて男前。
かっこいいよ、風丸。
初めて見たとき女の子がいるとか思ってごめん。
本当、ごめん。
「てっめぇ!」
「何しやがる、この男女!」
「いっ・・・!いででででで!!!」
腕を掴まれている不良が悲鳴を上げた。
見れば、風丸がそいつの腕をこれでもか、というほどひねり上げていた。
「悪かったな、男女で。」
地を這うような低い声。
思わず背筋が凍った。
あれは風丸の発した声なのだろうか?
「俺さ・・・。結構気にしてるんだよ、女顔のこと。」
あ、やっぱり気にしてるんだ。
って、今、そんな呑気なこと言ってる場合じゃない!
この流れって、結構まずい。
「ちょっ、半田!どうにかしてよ!」
「無理無理無理!
あんな風丸見たの初めてだよっ!!」
僕だって初めてだよっ!
そんなことを思っていると、風丸は不良の腕を放り、女顔といった不良の首をつかんだ。
「君も女顔になればわかるんじゃないか?
・・・ああ、でも、それにはまず骨格を変えなきゃな。」
そう言って、風丸はマジックを取り出した。
何でポケットに入ってるのとか、
それ油性だよねとか、そんなこと言える雰囲気じゃない。
口でキャップを外して、あごに線を引いていく。
手術の時に、メスを入れる線を引いていくような、そんな風に見える。
「あごから行こうか。こんなもんかな。
まず、骨を取り出して変形させよう。」
怖い怖い怖い!
半田と二人で後ずさる。
不良たちの顔も青い。
「悪いけど、俺はメスなんて大層なものは持ってないから、ナイフでやろうか。」
そういって、銀色に光るナイフをあてがう。
不良たちは涙を浮かべてる。
首を掴まれている奴以外の二人は、腰が抜けてしまったようで、尻もちをついた。
「ほぉら、ブシャッ。」
掛け声とともにナイフが肉を裂く。
と、同時に、赤い血が噴き出して、僕と半田も思わず尻もちをついた。
あごを切られた奴は失禁して、そのまま白目をむいて気を失った。
すると風丸は、その男から、ゴミを捨てるように手を放した。
それから携帯を取り出す。
何を思ったのか、そいつを撮影して、残りの二人の目の前にしゃがみこんだ。
「悪いことしたら、こうなるってことを覚えとこうな?」
案に、もうこんなことはしないよな、と確認している。
二人の不良は、おもちゃのように首を縦に振りつづけた。
すると風丸は、満足そうに笑ってうなずいた。
「なら、もういいよ。
こいつ連れて家に帰れ。」
すると二人の不良は、謝罪の言葉を叫びながら、この場を去った。
くるり、と風丸が僕らを振りかえる。
思わず小さな悲鳴が漏れた。
風丸は苦笑した。
「驚かせて悪かったな。
実はさ、これ、スプーンと絵具なんだ。」
『え?』
そう言って、風丸が手に持っていたものを見せる。
そこには確かにスプーンと絵具が握られていた。
「ここ、食堂の裏だろ?このスプーン曲がってるし、裏に捨てたんだと思う。
・・・ったく、ちゃんと分別しろよな。」
最後はため息をつくように言った。
僕と半田は思わず顔を見合わせる。
・・・やっぱ、風丸は風丸でした?で、いいの?
「早く帰ろうぜ?俺、腹減った。」
あっけらかん、と。
風丸はいつものように笑う。
なかなか立ち上がらない僕らに、風丸は首をかしげる。
「?どうした?お前らも腰抜かしたのか?」
「い、いやっ!大丈夫!」
「僕も大丈夫だよ!」
「そうか、よかった。」
さっきのは夢なんじゃないか。
そう思うくらい風丸はさわやかに笑ってる。
「ところでさ・・・。何で、絵の具なんて持ってたんだよ?」
「ん?これか?
今日、円堂のクラスが美術でさ。
赤い絵の具がなくなったとかで借りに来たんだよ。
しかも、部活終わってから返してくるし。」
半田の問いに答えて、困ったもんだよな、と風丸が苦笑する。
僕と半田は、それに引きつった笑みを返した。
「あ、そうだ。」
風丸が何かを思い出したのか、携帯を取り出した。
そしてすぐに、僕と半田にメールが来る。
メールを開いて僕らは絶句。
だって、そこには失禁した不良の姿が映っていたから。
「二人とも、俺と一緒に居ただろ?
仕返しにくるかもしれないから、それ持ってろよ。
危なくなったら、流出させるぞって脅せ。」
な?と言って笑う風丸に、僕は思わず眩暈を覚えた。
絶対、風丸だけは怒らせないようにしよう。
僕はそう誓った。
というか、誓わずにはいられなかった。