勝手な見解
「ねぇねぇ、風丸。風丸ってさ、モテるけど、
ちやほやされるだけされて付き合ってもらえないタイプだよね。」
「あんた、それ言いすぎでしょ・・・。」
昼過ぎの食堂での話である。
もうすぐ二時を回るそこは、まだまばらに人が残っているものの、それは十人にも満たない。
風丸は遅めの昼食を平らげ、一息ついていた。
そんな中、ふと松野が言ったのが、冒頭の一言である。
彼に目の前にいる、豪奢な金髪の女性・乱菊と何を話していたのかは知らないが、
一体、どんな話をしたらそんな問いが出るのか。
風丸は片眉を跳ね上げ、首をかしげた。
「いやね?あんたらって、顔整ったやつらばっかりじゃない?
で、その中でも性格も愛想もいいあんたなら相当モテそうよね、って話してたの。
女の子なんてより取り見取りでしょって言ったら、そんなことないって松野が否定したのよ。
それをまた私が否定したら、それなら本人にも同意してもらおうって、あんたに声かけたの。」
「ああ・・・なるほど。」
乱菊の困ったような、あきれたような笑みに、苦笑交じりに風丸が笑う。
松野が、じ、とこちらを見てるのを視認して、苦笑が暖かい笑みに変わった。
「松野たちのことならわかるが・・・ほかの人たちのことだろ?
そんな人たちの心情なんてわからないなぁ・・・。」
つまりはモテている自覚がない。
風丸の困ったような返答に、乱菊は思わず目をむいた。
彼は自分が何と言ったのか、理解しているのだろうか。
微笑みを絶やさない風丸の心情は読めない。
けれど、彼は言ったのだ。
松野たちのことなら何でも分かる。
他人のことなど眼中にない。
だから、彼らの好意なんて、判るわけがない。
自分以外はたとえ家族だろうと他人だ。
松野たちのことは他人ではない。
だからだろう、彼ら以外を「ほかの人」と呼んだのは。
「そんな人」と言ったのは。
松野はそのことに気づいているのだろうか。
この一種の独占欲的な感情に。
自分と松野たちは一心同体であるから、他人ではないと断言する彼に。
目の前にいる猫のような愛くるしさを持つ少年は、苦虫をかみつぶしたような心底いやそうな顔を開いていた。
嫉妬であろう、そんな表情を見て、乱菊はあきれてしまった。
彼はきっと、こう思ってるはずだ。
なぜ、自分に向けられる少女らの好意に気づかない。
苦楽を共にしてきた自分たちではなく、風丸のことを何も知らないような女たちには渡したくない。
だから、向けられる感情に気づき、それを避けてほしい。
そんなことがありありと読み取れる表情をしていた。
目の前にいるのがこの少年でなくても、きっと彼の仲間は同じような顔をしていただろう。
けれども、彼はそれを口にしない。
風丸がそんなことを快諾するわけもないし、そんなことを口に出してしまえば、困ったような、
悲しんでいるような、形容のしがたい表情をするのは確かで、
まだ、ほんの数十年ほどの、尸魂界では短すぎる時間での付き合いだ。
そんな乱菊でもわかるのだから、目の前の少年にはもっと深いものが見えているのだろう。
松野は重々しくため息をついた。
それから、愛らしい笑顔で続けた。
「まぁ、でも。風丸が女顔でよかったよ。
モテるけど、かっこいいし、かわいいし、確かに好みだけど、
女の子視点からいえば、隣に並んでほしくないタイプだ。
顔もよくて、それも自分よりきれいでかわいい。そして、頭も性格もいい。
そんな女より器量のいい、どっからどう見ても女の子な男が隣にいたら、
言い寄ってくる男はきっと女ではなく、男のお前目当て。」
ね?いやでしょ?
つまりはモテない。
だからこそ、彼は酷く聡く、敏感なはずなのに、自分への好意に気づかない。
確かに松野の言う通りだと思う。
彼の言い方は酷い嫌味だとは思うけれど、こんなできた少年なら、きっと性別を差し引いても、
これ以上の相手はなかなか見つけられないだろうな、と乱菊は思わずため息をついた。
「だから、お兄さんあーんし~ん。
風丸を可愛く産んでくれたご両親に感謝だね!」
そう言って笑う彼の真意を、乱菊はつかめない。
飄々と笑っているが、それがどこまで本気で、どこまでを笑っていいのかわからない。
ただわかるのは、言葉の端々に棘があるということ。
口元がひきつるのを抑えられないのは彼女のせいではない。
「なら、俺も松野のご両親に感謝しなくちゃな。」
松野を可愛く産んでくれてありがとう、ってさ。
そう言って風丸は極上の笑みを浮かべ、席を立った。
松野は眼を見開いて硬直している。
そんな彼をいいことに乱菊に「それじゃあ」と一言言い置いて、食堂を出た。
松野が倒れ、額を机にぶつけたのは、彼が出て行った直後である。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?痛そうな音したわよ?」
小さな声で、大丈夫じゃない、と、松野がうめく。
それから、ゆっくりと顔を起こし、呟いた。
「くっそ・・・!あの天然・無自覚たらし・・・!!!」
そっと顔をのぞくと、その顔はリンゴのように真っ赤だった。
打ちつけた額よりも赤く染まる頬に、乱菊は笑った。
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