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転生第一係のおしごと


ああ、もう疲れたな…

日本人として自然な黒髪は、きっちりと撫でつけられ後ろで1つに結ばれている。
平均的な顔立ちにナチュラルメイク。黒い無個性なスーツを身にまとった女性は、足取り重く自宅への道を歩いていた。
その顔はひどく疲れており、実際の年齢よりも幾分か老けて見えた。
彼女の名は秋田こまち。冗談のような名前だが本名である。
ちなみに生まれも育ちも東京都の郊外。
平均的な運動神経、平均的な学歴、平均的な体型。
ごくごく普通に生活し、ごくごく普通に恋愛もした。
これと言って頑張ったことはなく、学生の頃特有のカーストでも中の中。
これと言って突出した能力もなく、これと言った趣味もない。
そんな彼女は、ごくごく普通の会社員になるべく、ごくごく普通に就職活動をしている。

それなりに毎日頑張っているのだが、なかなか成果が出ない。
もう何度妥協したことか。それでも結果はついてこない。世の中非情である。
同居している母のため息が辛い。腫れ物のように扱う父と接するのも億劫だ。
そのため毎日カフェや大学、図書館など様々な場所で遅くまで時間を潰してから帰るようにしている。
両親が寝る頃になって帰宅し、飼い猫を愛でて遅い夕食をとり自室にこもる。
それが最近のルーティーンになっている。
考えれば考えるほど不安が募り、満足に夜も眠れない。
暗くなった道を歩いていると、この先の人生も暗いのではないかという気持ちになる。
焦れば焦るほど、思考はドツボにはまっていくのだ。

もう、生きているの辛いな…

そう思いながら歩いていると、背後から衝撃を受けた。
ドスン
鈍い音と衝撃、背中がひどく熱い…いや、痛い。
後ろからの衝撃のまま前に倒れこむと、誰かが走っていく音がした。

そういえば、最近通り魔が出たと聞いた気がする。
ああ、私はこのまま死んでしまうのかな。
ゆっくりと遠くなる意識の中で彼女は、このまま生きているよりもいいのかもしれないと思った。

こうして呆気なく、秋田こまちという名の女性は短い人生に幕を閉じた。




目を覚ますと、とても長い列の中にいた。
ガヤガヤとたくさんの人の声で溢れかえり、たくさんの人の中に彼女は立っていた。
よくよく見ると人だけではなく、様々な動物もいた。人や動物が一堂に会している。一体ここは何のイベント会場なのだろうか?ふれあい広場にしては人と動物の対比も不思議だし檻も囲いもない。
動物の種類も様々で統一性がなく、いやに無機質で冷たい印象の場所だった。

そんなことより、確かに私は誰かに刺させたはずだ。あれは夢だったのだろうか?
そう思いながら辺りを見渡すと、どうやらここは役所のようだった。
遠く離れた前方には、現在の街人数が表示されている大きなディスプレイがあり、現在の呼び出し番号も書かれている。
自分の手には覚えのない紙が握られており、その番号は1489と書かれていた。
どうやら先は長そうだ。
時間を潰そうとスマートホンを探すが、どこにもない。それどころか鞄もない。
どうしたものかと戸惑っていると、無機質で男性とも女性ともつかない不思議な声で館内放送が流れた。

「こちらは、魂管理局 地球支部 日本課 転生係です。お亡くなりになられた皆さまにはご不便をおかけいたしますが、順に対応させていただいておりますので、お持ちの番号札に書かれた番号が呼ばれるまで、もう少々お待ちくださいませ。」

密かに三途の川を期待していた彼女は、少し落胆したとともに
もう楽になれるという開放感に安堵していた。




「お待たせいたしました、今回担当させて頂く井沢と申します。人生お疲れ様でした。」
井沢と名乗った男はぺこりと頭を下げた。
決して無愛想というわけではないが、お世辞にも愛想のいい人ではない。
マニュアル通り対応してます、というような無感情なセリフではあったが、染み付いた日本人の性か釣られて頭を下げる。
「ここでは人生の中で積まれた徳を使用して、次の生を良きものにすることができるようお手伝いをしています。具体的なことはこちらの用紙に書いてありますので、後ほどゆっくりとご覧ください。」
手渡された紙は白黒で読みにくく、さして重要なものでなければ読む気がしない類のものだった。
「それでは早速ですが、こちらを付けていただけますか」
続いて手渡されたのはVR用のゴーグルのようなもので、配線などもないシンプルなものだった。
言われたままにそれをつけると、映像が流れ始めた。

これは…母親…?とても若い気がする。
「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」
知らない女性の声が私の誕生を告げる。覚えているはずのない自分の記憶。
「頑張ったね…偉いね…産まれてきてくれて…ありがとう…こまち…」

—徳ポイントが加算されました—

その後も映像の中の私は成長し続け、徳ポイントというよくわからないポイントが増えたり減ったりした。
なるほど、走馬灯って結構現代的なんだな、とか思っていたらあの日が来た。
後ろから刺され、崩れ落ちる。
その後私は病院に運ばれたが、目を覚ますことはなかったようだ。
しばらく眠ったままだった私の元には両親や友人が代わる代わる訪れてくれたようだ。

「残念ながら、ご臨終です。」

申し訳なさそうな男性医師の声と、母の泣く声が妙に響く。
ごめんなさい、お母さん…親孝行もできないままに死んでしまった。

—徳ポイントが減算されました—




「お疲れ様でした。それではこちらが清算されたポイントと、次回の生へのご希望を記入する用紙でございます。記入用のカウンターは後方にございますのでご利用ください。また、詳しい説明は先ほどお渡しした用紙にも記入されておりますが、何かご不明点などございましたら専門のスタッフがお答え致します。それについても先ほどの用紙に書かれております。以上でこちらでの対応は終了となります。」
かなり長い時間、走馬灯(仮)を見ていた気がするが、時計もないので確認のしようもない。
促されるように席を立ち、とりあえず案内されたカウンターへと向かった。


そこはまるで、選挙の投票所のような場所だった。
簡易的な仕切りに立ったまま記入するためのテーブルと備え付けのペンがある。
ひとまずその1つに入り、もらった用紙を確認する事にした。

ひどく読みづらい白黒の書類には、簡単にいうと以下のことが書かれていた。

徳ポイントの使い方
・積まれた徳ポイントを次回の生に使える
・各項目ごとに必要なポイントが設けられており、手持ちのポイントと引き変えに次の自分を創造していく
・項目によっては複数取ることもできるが、最大値が決まっている
・容姿、環境、場所なども好きなように決めることができる

使い方に迷った場合
・カウンセリングを受けながら決めることができる
※順番待ち
・おまかせ機能がある

記入の仕方がわからない場合
・集団でのレクチャーを受けられる

記入が終わったら速やかに提出する事
故意に引き伸ばした場合はおまかせ機能が発動する事
記憶は引き継がれず、この場所のことは忘れてしまう事
そして館内図が簡単に書いてあった。

今必死に考えたところで、次の人生は私ではない。赤の他人だ。
適当に決めてしまうか、おまかせ機能に丸投げしてしまおうかと思ったが、気になる項目を見つけた。

「人間に産まれる」

そうか、人間に、生まれ変わらなくてもいいのか。
それに気がついた私は舐めるように用紙の項目を見た。

「猫に産まれる」

見つけた。
チェックをつけると、項目がごっそりと減って用紙が見やすくなる。
紙の質感、手触りは記憶の中の紙そのものだ。生きていた時にはありえない異常な光景だが、なぜかすんなりと受け入れられた。
そう言えばずっと、感情が波立たない。
普段であればこんなにも待たされればイライラしたりするはずなのに。疲れも怒りも起こらない。
ああ、死んだのだな。
生きていた頃とあまり変わらない風景で薄れていた実感がぽつッと浮かんだ。
しかしその感情もすぐに消え、私は残りの項目を全て埋めた。
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