Birthday/Rei
深井零には、二親がない。
まったくの天涯孤独というわけでもないが、犯罪行為を重ねた彼がFAFに流されてきたときは、それに近かった。保護観察処分になったこともかつてはあったようだが、零と少しでも縁のある大人たちは、ことごとく言い訳をつけて、引き取りを拒んだ。
そんなことは書類にも書いてはいないが、ジェイムズ・ブッカー少佐は、零から聞いて知っていた。親戚じゅうをたらいまわしにされ、結局は、公的な資格をもつ里親に育てられたのだという。里親が零を成人させる前に、パソコンを改造した彼は、テロリストとして家庭のぬくもりというものから、無情にも引き離された。
昨今、珍しい話ではない。
──というのも、零の生まれる前から、ジャムと人類は戦争をしていた。地球でも〈通路〉のこちら側にあるFAFでも、多数の犠牲者が出ていた。
父親が軍人で帰らぬ存在となれば、残された妻と子は、どうやって生きていけばいいのだろうか。女が働くこともおかしくはない世の流れではあるが、それでも働き口は、急には見つかりはしない。
結果として、遺族年金などを貰えても母親の手だけでは育てきれず、子を手放し、里親か然るべき施設に託す。そこは孤児院だったり、幼年から軍人に仕立て上げる全寮制の学校だったりもした。
まだ子どものころ、国の管理から離れた、独自のOSを作ることは罪とする世の道理もわからず、零はテロリスト認定されてしまった──それ以外はありふれた、よくある話だ。
ブッカーは小さくうなずく。
そんなとき、零がふいに口にした。
「じつにしあわせだった」
口ぶりは淡淡としたものだが、それは零が感情を敢えて表に出さないというものであり、ブッカーに背を向けている彼の顔は、見えなかった。
揶揄の口調。
そしてその言葉の少し前、零はこうも言っていた──おれは余計者として生まれた、親はおれが生まれてすぐに、別れたと。
そこでブッカーには、引っかかるふしがあった。その違和感は、長く胸の片隅に居座っていた。しぶとい違和感が消えたのは、コーヒーを淹れている零の背中を見つめていたときだった。
──出生届はどうしたのか。
おそらくは父親が、零と親たる者の名を書いて、役所の窓口へ提出したのだろう。それから母親は、産院で泣く零をあやしていたのだろう。産後、痛いくらいに張る乳を含ませも、したかもしれない。
もしほんとうに要らない子どもであれば、零の妊娠に気づいたふたりは、出産まで待つことはなかったろう。じつに簡単なことで、書類だけを出せばいい。ただその場合、出すべき書類と窓口がちがう──
零、と呼びかけそうになり、ブッカーは声にならなかったのに気づいた。執務椅子から勢いよく立ち上がり、歩みも大きく零の背へとたどり着く。
床へと響く靴音に驚いた零が、振り向いた。
「なんだ、ジャック。いきなり……」
ブッカーに肩を摑まれ、引き寄せられた零は身じろぐ。しかし、それ程度で振りほどけるような力の持ち主ではないブッカーは、零の頭や背中を優しく撫でていた──まるでむずかる赤児を、大切にあやすかのように。
「……くすぐったいだろ……なんなんだ」
「──しばらく、このままでいさせてくれ、零」
「あんたはときどき、わけのわからないことをするな……つきあいも長いはずなのに、おれはあんたのことが、いまもよくわからないでいる」
「嫌か?」
「べつに」
零はブッカーに身をゆだねた。そうすることで、不思議な安堵が得られると、知っていたからだ。
執務室にはだれも訪れることはなく、ふたりはしばらく、そのままでいた。
つい先ほどまでブッカーが読んでいた書類には、零がいつ日本で生まれたのか、が書かれていた。
その日は二十九年前の、まさにこの日だった。
── 了 ──
『戦闘妖精・雪風』二次創作小説
ブカさんと零さんの短いおはなし
半分くらいは腐っています
同じ小説がpixivにもありますが
こちらはルビ無し、登録不要です
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