霧の羽根

川霧の中での死闘は続いていた。
影のひとりを追い詰めたレイジは、ルーペを逆手に握り、月明かりにかざした。
その瞬間、相手の仮面がわずかに反射し、素顔が露わになる。

「……やっぱり、君だったか」
レイジの声が冷たく響く。

現れたのは、かつて名声を誇った作曲家だった。
今は落ちぶれ、若き才能たちに追い抜かれた男――彼こそが“羽根の怪人”の正体だった。

「私は……奪われた!名誉も、地位も、拍手も……!
だから奴らに思い知らせてやったのだ!
音楽の女神は私を選んだと……!」

狂気を帯びた叫びと共に男は短剣を振りかざした。
「芸術は犠牲の上にこそ輝く!」

「ふざけんな!」
ランマルが血に濡れた肩を押さえつつ前に出る。
「音楽は人を震わせるもんだ!てめぇの自己満足に人の命を使うんじゃねぇ!」

その言葉に、男の顔が一瞬だけ歪んだ。
レイジはすかさず声を重ねる。
「君はただの殺人鬼だ。芸術を騙ったその手は、もう舞台に立てない」

レイジの瞳が鋭く光り、ルーペ越しに全てを暴き出す。
羽根は象徴、楽譜は自己演出――全ては己の名誉を取り戻すための茶番だった。

「幕は下りる。ここでな」
ランマルが短剣を叩きつけ、男の武器を弾き飛ばす。
影は霧に溶けるように崩れ落ち、もはや抵抗する力を失っていた。

霧の狩人――その正体は、人の欲望と嫉妬に囚われたただの人間。
だが犠牲になった命の重みは、決して消えることはない。

「……終わったな」
ランマルが荒い息を吐き、レイジは彼の肩を支える。
「まだ終わってない。君を抱きしめるまでが、ぼくの幕引きさ」

霧の中、ふたりの影が寄り添った。
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