愛と謎の彼方で

ロンドンの冬は、いつにも増して霧が深い。
石畳を覆う白い靄は、歩く者の影を呑み込み、ガス灯の明かりをかすませる。
その霧を縫うように馬車が一台、カツカツと音を響かせて走り抜けていった。

通りの一角に建つ古い煉瓦造りの建物――そこが「コトブキ探偵事務所」である。
扉の上には控えめな真鍮の看板が掲げられていたが、噂を耳にした者ならば誰もが知っていた。
この街で最も信頼される探偵、レイジ・コトブキがここにいる、と。

その日の午後、事務所の扉がノックされた。
「ふふ、来たねぇ」
ルーペを弄びながら、レイジが椅子から軽やかに立ち上がる。
彼の笑みは穏やかで、訪れる者の緊張をほぐすような柔らかさを持っていた。

扉を開けたのは、背筋を伸ばした貴婦人。
黒いヴェールに覆われた顔はやつれ、震える手が大切なハンドバッグを握りしめている。
「お助けください、探偵さま……!屋敷から宝石が盗まれてしまったのです」

彼女を応接用の椅子に促しながら、レイジは優雅に頷いた。
「なるほど、宝石泥棒……霧の街に似合うミステリーじゃないか」
その軽い口調に、背後から低い声が飛んだ。

「遊びみてぇに言うなよ、レイジ」
銀髪を逆立てた青年――ランマル・クロサキが、苛立ったように言い放つ。
鋭い赤い瞳が貴婦人を観察するように細められていた。
助手としての彼は常に冷静で、細やかな視線を決して怠らない。

「おっと、怖い怖い。けど、こういう事件は推理の舞台として最高さ」
レイジは肩をすくめ、視線をちらりとランマルに流す。
その一瞬、ふたりの間に人には見せぬ微笑みが交わされた。

――探偵と助手。
しかし実際には、それ以上に深い関係。
表では語られぬ真実を知るのは、彼ら二人だけだった。

「……依頼の詳細を聞かせていただきましょう」
レイジの声が優雅に響く。
ランマルは傍らに立ち、警戒するように部屋の隅々へ視線を走らせていた。

こうして、彼らの新たな事件が始まる。
そしてその裏で、恋人としての絆もまた、霧に包まれながら深まっていくのだった――。
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