偽りの舞台

静まり返った事務所。
暖炉の火は落ち、時計の針だけが規則正しく時を刻んでいる。
ランマルはもう眠っている。 無理に平静を装っていたけれど、あの怒りは相当消耗していたはずだ。

……ごめんね。
包帯を解く。 血は止まっている。
「ちょっとかすり傷、か」
本当は分かっていた。

あの楽譜は罠だった。 暗号はわざと解けるように作られていた。 ぼくを誘い出すために。
それでも行った。
理由は単純だ。
逃げれば、追われる。 先に踏み込めば、主導権は握れる。
ぼくは探偵だ。 追う側でいなければならない。
たとえ――
助手を危険に晒すことになっても。

机の上に置いた割れた仮面を指で弾く。
乾いた音。
裏側には何もない。 少なくとも、今のところは。
「残党、か……」
違う。
あの地下室の動きは素人に近い。 統率が甘い。 焦りがある。
本隊じゃない。
つまり、まだいる。
もっと上が。
(……来るなら、ぼくを狙えばいい)

ランマルを見ていると、迷いが出る。 あの赤い瞳は真っ直ぐすぎる。
ぼくの嘘も、隠し事も、いつか全部見抜くだろう。
それでも。
「君は、隣にいてくれるって言ったね」
静かに笑う。
守られているのは、きっとぼくの方だ。

窓の外に気配。
気づいている。
屋根の向こう。 視線。
でも、見上げない。
気づいていないふりをする。
泳がせる。
焦らせる。
探偵は、感情で動かない。
少なくとも――表では。

「次は、こちらから仕掛けるよ」
小さく呟く。
ランマル。 君を巻き込んでいる。
わかっている。
でも――
離す気はない。
たとえそれが、 ぼくの一番の弱点になるとしても。

夜は深い。
霧の向こうで何かが動いている。
だけど今は、静かに待つ。
探偵は、沈黙の中で最も多くを考える生き物だから。
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