消えた恋人

アイの言葉を背に、レイジとカミュはロンドン東区へ向かった。
馬車が石畳を進むたび、窓の外の街並みは徐々に荒れ、霧も深く濃くなっていく。

「ここが……目撃された場所か」
レイジはルーペを片手に馬車を降りた。
古びた倉庫街、人気はなく、冷たい風が吹き抜けるだけ。

カミュは周囲を鋭く見回し、足跡を確認するようにしゃがんだ。
「馬車の轍だな。新しい」
「ランマルを連れて行った……?」

レイジが震える声で呟くと、カミュは静かにうなずいた。
「だが妙だ。ここで消えている」
轍は途中で途切れ、霧に溶けるように跡形もなく消えていた。

その時、倉庫の奥から低い物音がした。
レイジとカミュは視線を交わし、同時に駆け出す。
扉を押し開けると、中には――

空の檻が並んでいた。
鉄格子の中には鎖の痕跡、床には赤い瞳の男が座り込んでいたかのような影が残されていた。

「……ランマル……ここに居たんだ」
レイジの胸が締め付けられる。
檻の鉄に触れると、まだ温もりが残っている気がした。

カミュは冷たい瞳で周囲を見渡した。
「これはただの監禁じゃない。実験の場だ。
奴らは“力”を測っている。クロサキの血筋を――」

「やめろ!」
レイジが思わず叫んだ。
その声にカミュは驚いたように目を細める。

「……ぼくは探偵だ。真実を突き止めるのが役目
だけど今は……相棒を失った男でしかない。
これ以上、ランマルを道具みたいに語るな」

琥珀色の瞳に宿る強さに、カミュは一瞬だけ言葉を失った。
そして、氷の瞳がわずかに揺れる。

「……分かった。だが覚悟しろ。奴が背負ったものはお前の想像を超える」

その言葉を残し、二人は倉庫を後にした。
霧の中、遠くに仮面をかぶった影が一瞬だけ覗く。
だが気づいた時にはもう消えていた。

「……ランマル」
レイジは低く呟いた。
その声は、霧の夜に吸い込まれていった。
5/13ページ