狙われた探偵

翌朝のロンドン。
霧は晴れきらず、ガス灯の余韻がまだ石畳に影を落としていた。
「コトブキ探偵事務所」の窓辺に座ったレイジは、新聞を広げながらのんびりと紅茶を啜っていた。

「……呑気すぎんだよ」
ランマルは机に肘を突き、苛立ちを隠さずに言った。
「昨夜、いきなり狙われたんだぞ。おまえ、自分が標的だって分かってんのか?」

「もちろん」
レイジはにこりと笑い、新聞を畳む。
「でも、君が駆けつけてくれたから無事だったんだ。ね、相棒?」

「……当たり前だ」
赤い瞳が一瞬揺れ、ランマルは顔をそらした。
「もしあの時、おれが間に合わなかったら……」

その声には怒りよりも恐怖が滲んでいた。
レイジは静かに立ち上がり、ランマルの肩に手を置く。
「大丈夫。ぼくは逃げないよ。君が隣にいてくれる限り」

「……おまえってやつは……」
拳を握りしめたランマルは、かすかに震える唇を噛んだ。

事務所の空気を揺らしたのは、不意に差し込んだ影だった。
窓の外、濃い霧の中に黒い馬車が停まっている。
御者台には仮面をつけた男が座り、じっと事務所を見上げていた。

「……チッ」
ランマルは即座に短剣に手を伸ばし、赤い瞳を鋭く光らせる。
「来やがったか……!」

レイジは窓越しに外を見やり、落ち着いた声で言った。
「まだ撃ってはこない。監視……それとも警告かな」

「どっちにしろ、放っとけねぇ」
ランマルは窓を開けようとするが、レイジが手で制した。

「待って。ここで飛び出したら思う壺だ。
……でも、逃げ場がないってことは分かったね」

ふたりは視線を交わす。
赤い瞳と琥珀色の瞳が重なり、言葉以上の決意が伝わった。

「守る。何があっても、おれが」
ランマルが低く誓うと、レイジは穏やかに微笑んだ。
「じゃあぼくも君を信じて進むよ」

その時、馬車は霧の中に音もなく消えていった。
残されたのは、張りつめた沈黙と胸の鼓動だけだった。
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