氷の伯爵の依頼

探偵事務所の朝は、いつもよりゆっくりと始まった。
窓から差し込む陽光が机の上の書類を照らし、昨夜の余韻を淡く包み込む。

「焦げるぞ」
キッチンでフライパンを操るランマルが、眉をひそめる。
「探偵のくせに目玉焼きもひっくり返せねぇのか」

背後で紅茶を淹れていたレイジは、のんびりと笑った。
「だって、ランマルが作ると美味しいんだもん♡」

「……バカ言うな」
赤い瞳がわずかに揺れ、ランマルは視線を逸らす。
だが手元は器用に動き、香ばしい匂いが広がった。

テーブルに並んだ朝食をふたりでつつきながら、くだらない言い合いが続く。
「パンの耳はおまえが食え」
「えぇっ?!ぼくはふわふわのところが好きなんだよ」
「甘ったれが……」

そんなやり取りに笑いがこぼれ、昨夜の誓いを確かめ合うような安らぎが満ちた。

だが、その穏やかさの裏で不穏な影は確実に迫っていた。

窓辺に置かれた新聞の一面。
「クロサキ家、政界との新同盟を発表」

レイジは記事を目で追い、眉をひそめる。
「……また動き出したみたいだね」

ランマルの手が止まり、赤い瞳が険しく光る。
「やっぱり放ってはおけねぇか……」

そのとき、事務所の扉が硬質な音を立てて叩かれた。
コン、コン――規則正しく響く音。

ふたりは顔を見合わせる。
「……カミュか」
ランマルが低く呟く。

レイジは静かに微笑み、グラスを置いた。
「束の間の安らぎは、長くは続かないってことだね」

霧の街は再びざわめきを取り戻しつつあった。
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