幻に囁く亡霊

コトブキ探偵事務所の扉が重く開いた。
ランプの光の下に現れたのは、黒い外套を羽織った老紳士。背筋は伸びているが、どこか影を背負っているような気配を纏っていた。

「ごきげんよう、コトブキ氏……あなたに相談したいことがありまして」
低く落ち着いた声でそう言うと、彼は帽子を取り、深々と頭を下げる。

レイジはいつもの飄々とした笑みを浮かべ、応接の椅子へと案内した。
「どうぞ。こんな霧の夜にわざわざ……ただ事じゃなさそうだね」

老紳士は震える手で鞄を開き、一枚の紙を差し出す。
それは屋敷の使用人たちが記したという目撃証言の記録だった。

「亡霊……だと?」
ランマルが赤い瞳で紙を睨みつける。
「ふざけた話だ。どうせ誰かの悪戯か、盗みに入った奴の仕業だろ」

「いえ……」
老紳士は首を横に振る。
「亡霊は……亡き奥方様の姿をしているのです」

室内に一瞬、冷たい空気が流れた。

「へぇ……奥方の姿、ね」
レイジは紙を眺めながら、どこか楽しげに呟く。
「ますます興味深い」

「コトブキ氏、どうか真実を暴いてください。屋敷の者たちは恐れおののき、仕事もままなりません。
……このままでは、一族の名誉が地に落ちてしまう」

その言葉に、ランマルの瞳が一瞬だけ揺れる。
(……一族の名誉、か)
心の奥で何かが疼いた。

レイジはそんなランマルを横目で見つめ、にこりと笑う。
「わかりました。このコトブキ探偵事務所がお引き受けしましょう」

依頼人が帰ったあと、レイジは軽やかに言った。
「さて、ランマル。亡霊の正体を暴きに行こうか」

「……ああ」
短く答えたその声は、普段よりも少し硬かった。
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