地獄
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2週間ほど前。
街で見かけた好みの女性に思わず声をかけてしまったのが全ての始まり。いや、終わりの始まりだ。
今までの浅はかな行動の罰が当たったのだ。本気で後悔している。
「センセ、今日もお疲れ様」
「………………」
「無視しないでよー」
こいつはいつも俺が仕事を終えて帰る頃を見計らって声を掛けてくる。
そんなストーカー紛いの事をしなくとも四六時中俺にくっ付いて回っているくせに。
元に戻らなくなりそうな程顔を歪ませて無視を決め込んでもしつこく話しかけてくる。
「今日も遅くなっちゃったね」
「…………」
「帰ったら私が癒してあげ…、あ!センセ待って……!」
「…………ッ!?」
右足に粘着質な感触。慌てて足元を見ると……。
最悪だ。犬のフンだ。
隣で「だから待ってって言ったのに〜」と楽しそうにクスクス笑っている。
ッ〜〜イライラする!!!!!
「あーあ可哀想に」
「可哀想も何も君のせいでしょ!全くもう!!!」
「え〜また私のせい?」
「当たり前だ!!!!」
あーーもう!ホントになんで声を掛けちまったんだ俺は!
「そうやって人のせいにするから、リツコセンセにフラれちゃうんだよ」
「うるさい!この貧乏神め!!!!」
「ひどーい」
いくら怒っても態度は変わらず、クスクスと楽しそうに笑う彼女はそう。
貧乏神である。
それも、その、かなり……可愛い…………。
「……っていやいやいやいやいや!!!!」
「えー?」
声を掛けた時に気付かなかったのかと問われたら、情けないことに油断していて全く気配を感じ取れなかった。としか答えようがない。
しかしよく観察してみると貧乏神らしくよれよれの服を着ていたり、髪は少し乱れていたり。
……何だか部屋着でダラダラしている彼女がいたらこんな感じなのかなとか………
ってだからなんで俺は!!!!!!!!!
「なーんか、失礼なこと考えてない?」
「かッ!?考えてないわ!!!!」
「私から取り憑いたんじゃなくて、センセから声掛けてきたんだからね〜」
ふふっと嬉しそうに笑う貧乏神。
……やっぱり可愛いな!!畜生!!!!!
そんなこんな、ずっとこの調子で本当に参っている。
鬼の手を使えば簡単に解決するだろう。
しかしどうもこの見た目だと、周りでうろちょろされても正直嫌な気がしないのだ。
いや貧乏神だから本当に嫌なんだけども。
「早く帰ってご飯食べよ」
「お前は腹空かんだろ」
「空かなくても一緒に食べられるよ」
「俺の大事な食料を食うんじゃない!」
一緒に食べるとおいしいねなんて言いながら一人で食うもんだからその日の食べ物もままならず。犬のフンを踏むのなんて日常茶飯事で、教室で踏んだ時は本当に意味がわからなかった。給料は謎に爆速で消え去り、毎日車に跳ねられ学校に辿り着けず、着いたと思えば2時間遅刻。
ちなみに来月給料カットされるらしい。
……挙げればキリがない。
怪我に関しては自分の体の再生力に助けられている。
「他の貧乏神より私、親切だと思うんだけどな」
「小さな親切大きなお世話だ」
いい加減何とかしなくては。このままではいつか餓死してしまう。そんなことになれば生徒達を守るどころか笑い者だ。
「私いない方がいい?」
クスクス笑いながら彼女は聞いてきた。突然の質問に内心動揺する。
「ああ勿論。今すぐどっか行ってくれ」
その言葉が思い浮かんだものの、口に出せなかった。
「私がいなくなったら、きっともっと意地悪な貧乏神がセンセのとこに来るよ」
「……それは脅しのつもりか」
「脅しじゃないよ、ほんとだよ」
何が楽しいのかずっと笑っている。
貧乏神にとって今の俺は格好の餌食ってわけか。冗談じゃない。
「どうしたら貧乏神から逃れられる」
「私がいればいいんじゃない?」
「聞いてるのか人の話を!!」
「えー?」
呆れて大声で怒鳴ると、周りには怪訝そうな顔で通り過ぎて行く人々が。
改めて状況を客観視したら恥ずかしくなり、慌ててアパートに逃げ帰った。
相変わらず脳天気な顔で笑っているコイツは勿論憑いてくる。
「ただいま〜」
「ただいまじゃない!」
気付くともう既に居間でくつろいでいる。
靴を脱ぎ捨て文句の一つや二つ付けてやろうと足音荒く近づく。
「あのなぁ」
「私ね、センセのこと好きなのよ」
「は……?」
「だってこんなにお話してくれるニンゲンいないんだもん」
「……」
布団にうつ伏せになり、足をパタつかせながら妖怪特集雑誌をめくる彼女。
霊能力者でもない限り見えないから、ある意味俺は彼女にとって当たりだったんだろう。(オマケにしっかり貧乏だし)
……これが妖怪じゃなかったらどんなに嬉しかったか。
「今日まで一緒にいさせてね。日付変わったら出て行くよー」
こちらを見ず雑誌に目を向けたまま、サラッと言い放たれた言葉を理解するのに時間がかかった。
……なんだ。貧乏神から居なくなってくれるなら万々歳じゃないか。丁度いい、これでいいんだ。
「……そ…うか!な、なら一安心だな…!」
「さっきも言ったけど他の貧乏神が来るよ〜。あ、ほら次の貧乏神待ってる」
「えっ」
寂しさを感じてしまったのもつかの間。
指差す方を見ると窓の外に小汚いじいさんのような姿の貧乏神がこちらを覗いていた。
「え……?ほ…ほんとに同じ貧乏神なの?」
「そうだよ〜」
妖怪も十人十色。同じ妖怪でも同じ見た目とは限らない。
しかし、これならいっそ彼女にいてもらった方が……。
「…………」
「…………」
「…やっぱり今すぐ出ていくね〜」
「え!?ぁあああちょっと!!!」
「どうしたの?」
「あいやその……」
俺がごにょごにょと言い淀んでいると、ニヤニヤと嫌な笑い方をしてくる。
コイツ……!!!
「しょうがないなあ、傍にいてあげるね。センセ」
状況が変わらないことによる絶望と、別の貧乏神に取り憑かれない安心感。今後俺はどうなるのかと漠然とした不安。しかし彼女がまだいてくれるという密かな嬉しさ。
様々な感情が複雑に絡まり、頭をガシガシかきながら盛大な溜息を吐くことしか出来なかった。
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