地獄
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私は小さい頃から不思議なものを見ることがある。
頻繁に見る訳では無いけれど、ふとした時に気付いたら見てしまった、という感覚に近い。
それはあからさまに世間から怖がられそうな見た目をしていることもあれば、ごくごく普通に存在していて本物(例えば人間)と見間違うような見た目であったり。
後者だとその時は気にも止めないが、後から思い返すとあれはもしかして……と気付かされる時が多い。
今見えているのは紛れもなく前者。
見えてしまった時は、ただひたすら見えてない素振りを続ける。そうしないと何か恐ろしいことに巻き込まれそうな予感がするからだ。
その不思議な"何か"を見かける度に恐怖を感じてはいるが、この"何か"は段違いで怖い。
何故ならここ数日、何度も見かけているからだ。
会社に行っても、休日に出かけても、家でくつろいでいても。
ちなみに今まで見てきたものは毎回違う見た目をしていたが、今見えている"何か"は同じ見た目をしている。
つまり同じ"何か"が常に近くにいるということだ。
しかも初めて見てしまった時よりも距離が近いような気さえする。
何かやらかしてしまったのだろうか。あれに対して私は何か反応してしまったのか。
考えても何も分からない。見えてしまうだけで、私には除霊とかそんな能力は身につけていない。
どうしたらこれは居なくなるのか。
そこでふと、隣町である童守町の小学校に霊能力者の教師がいるという噂を思い出した。
藁にもすがる思いで、連絡をしてみた。
学校に無関係の人間が電話をするだなんて迷惑だとは思うが、構っていられなかった。
───……
案外すんなりと話が進み、早めの方がいいとのことで数日ほどで会うことが決まった。今日はその当日。
例の"何か"はというと常に見える位置に来るほどであった為、本当にありがたかった。
縁もゆかりも無い童守小学校の、薄暗い会議室のような部屋に案内され椅子に座っている。
「改めて、俺は鵺野鳴介だ」
「あ、倉科と申します……、あの」
「大丈夫、心配ないさ」
とても爽やかなお兄さんだった。歳も私とそんなに変わらなそうである。
確かに電話口では怖そうな感じはなかったが、自分の想像していた霊媒師とはイメージが違っていたから、拍子抜けだ。
黒い手袋を付けた左手で水晶を持ち、何やらお経を唱え始めたようだ。
特に詳しく話していないのだが、鵺野さんにはもう全て見えて分かっているのだろう。
とにかく早く助けて───
恐怖からギュッと目を瞑り、体を縮こませて除霊が終わるのを待った。
───……
「どうだ?まだ見えるか?」
「えっ……と」
長かったような一瞬のような。声をかけられて恐る恐る目を開ける。
身構えながらキョロキョロと辺りを見渡した。
常に視界にいる状態だった"何か"は見えなくなっていた。
「み……見えない…!いないです!」
安堵からか喜びと同時にボロボロと涙がこぼれた。
そんな様子の私を見た鵺野さんはにっこりと微笑んでいた。
「君のように体質的に見えてしまう人も珍しくなかったりするんだ。そういう人間に、成仏出来なかった霊は助けを求めて寄ってくる」
「……そ、うなんですね」
「それから、霊を見えないようにしておいたから、これからは何も気にせず過ごせるさ。また気になることがあればここにおいで」
「え?」
「さーて帰るぞ〜」と片付けを始めた鵺野さん。
今なんて?さらっと言われたけどどういうこと?
「あ…あの、見えないようにしたって、」
「ん?あれ、まだ見えてるのか?」
「そういう訳じゃ、ないんですけど……」
すぐに見ようと思って見られる訳じゃないから実感がない。
本当に見えてないのだろうか。というかそんなことが出来るのか。
「どうだ、ラーメンでも食いに行くか?」
片付けを終えた鵺野さんはニッと笑いながら「奢るぜ」と続けた。
「あ、いえ!寧ろ奢らせてください!!」
部屋から出て行こうとする鵺野さんを私は慌てて追いかけた。
とにかくお礼がしたい。
鵺野さん行きつけのラーメン屋さんがあるらしく、学校を出てお店を目指し夜道を歩く。
普段なら周りを見ないように急ぎ足になるが、今は1人じゃない為落ち着いて歩けている。
そうだ、謝礼の事を聞かなければ。
「あの、料金っていくらになりますか?」
「えーっとたしか690円だったか」
「え?そんなに安いんですか!?」
「??チャーシュー追加すると+100円だが……」
「え……違いますっ、除霊のお金ですって!」
「あ…あー!なんだその事か!気にするな、困ってる人は放っておけん性分でな」
なんて人だ。正直この手の事はガッツリお金を取るものだと思っていたが、鵺野さんはそうでは無いらしい。
しかし流石にこちらの気持ちが収まらないので、ラーメンとは別に上乗せしようと思う。
その後も他愛も無い話をしながら歩く。
時々キョロキョロと周りを見てみるが、今のところそれらしきものは見えていない。
これはもしかして、もしかしたら本当に。
不自然なくらいキョロキョロしていたようで鵺野さんに笑われてしまった。
「相当苦しんでたようだな」
「……はい」
「周りに言っても馬鹿にされて、1人で抱え込んだりしてたんだろう」
「……」
まさにそう。幼い頃、両親に何度伝えても「子供は見えたりするもんだ」で流されてきたし、友達に言えば距離を置かれるし。
誰に言っても引かれてしまうから、いつしか言わなくなっていた。
それでも怖いものは怖くて、誰かといる時に見えてしまうとその挙動で相手を不快にさせるから、誰かと会うのも辛くなってしまった。
「もう大丈夫だから、安心して過ごすといい」
そう言ってまた優しい笑顔を見せてくれた。
ラーメン屋に着いたらしく「ここだここ!」と暖簾をくぐっていく鵺野さん。
どうしよう。
相当人と関わらなくなっていたせいだ。
またこの人にお世話になりたいだなんて考えちゃったりなんかして、もう、なんていうか、ちょろすぎるというか、自分がいや。
"何か"が見えなくなったのなら万々歳なのに。それだと鵺野さんに会う口実が見つからない。
カウンター席に案内され鵺野さんの左隣に座る。
彼は慣れたように醤油ラーメンを2つ注文する。
「あの、鵺野さん」
「?」
「またラーメン食べに来ませんか?」
急な誘いにキョトンとした顔。
「まだ食べてないのにここが気に入ったのか?」
けらけらと笑う彼に釣られて私も笑ってしまう。
「助けてもらったお礼にいつでも奢ります」
とか何とか言ったけど、我ながら中々気持ち悪い発言だった。
鵺野さんは「ほんとに〜!?助かる……!」と涙目で言ってきたから良かったのかも……?(泣くほど好きなのか?)
──運ばれてきた醤油ラーメンは正直そんなにおいしい物ではなかったけど、今まで食べてきたラーメンで1番好きかもしれない。
帰り道を心配されたが流石に悪いので1人で帰ると伝えた。
不安になりながら周りを見渡しても、相変わらず何もいない。
改めて彼の凄さを実感した。
そして思い出して頬が緩んでしまう。
近いうちにまたラーメン誘ってみようか。
……そういえば聞き忘れたことが。
私に付きまとっていたあの霊は何だったんだろう。
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