彼女の記憶喪失
夢女子主人公
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それから何日かして、
俺は街の角で、彼女と偶然すれ違った。
まさか、って思って、
でも目が合った瞬間、彼女のほうが気づいて立ち止まった。
「……天童さん?」
苗字を呼ばれたことに、反応が少し遅れた。
「や〜、偶然だね〜」
いつもの調子で返したけど、
彼女の目は、俺の顔じゃなく、体の方をじっと見てた。
「……痩せました?」
「え〜?そうかな?ほら、夏だから溶けかけてんのかもね〜」
笑って流すと、彼女は小さくため息をついた。
「……無理して、明るくしなくていいですよ。前からそういうとこ、ありましたよね、天童さんって」
その一言が、
どうしようもなく懐かしくて、でも今の距離のままだと切なくて。
彼女のほうが、先に口を開いた。
「……あの、もし……一緒にいるのが嫌じゃなければ、ご飯……どうですか?」
その言葉に、返事するのに数秒かかった。
俺はきっと、すごく変な顔してたと思う。
嬉しいのに、信じていいのかわからなくて、でも信じたくて。
「……それって、俺が横にいても大丈夫ってこと〜?」
「……はい。大丈夫です。少しだけ……安心する感じがしたので」
その言葉に、
なんだろう、心臓の奥があったかくなるような、でも泣きたくなるような。
「じゃあさ〜、すっごく美味しいとこあるんだ〜。ただし、俺が作るやつだけどね?」
「え?」
「俺の家でご飯、って意味だよ〜。もちろん、断ってもいいよ?……でも、来てくれたら、たぶん俺、ちょっとだけ復活するかも」
彼女は黙ってた。
でも──数秒して、小さくうなずいた。
それだけで、
この一週間の空白が、すこしだけ埋まった気がした。
鍋の中で火を落とし、蓋をする。
スパイスを効かせたチキンと、野菜の煮込み。
前に「おいしい」って言ってくれたやつ。
……記憶には残ってなくても、体には残ってるといいな、って思って。
「できたよ〜」
ダイニングテーブルに皿を並べながら、彼女の顔をちらっと見る。
その目は、なんか……複雑な光をしてた。
遠慮? 罪悪感?
それとも、わかんないっていう苛立ち?
「ほんとはさ〜、そっちが誘ってくれたんだから、作らせちゃってごめんね〜とか言ってみてもいいんだけどぉ?」
冗談めかして言うと、彼女は小さく、でも確かに肩を揺らして笑った。
けどそのあとに、すぐ目を伏せた。
ああ、やっぱり、
"笑っていいのか迷ってる"って顔してる。
スプーンを口に運ぶ姿を、気づかれないように横目で見ていた。
美味しいかどうか、聞くつもりはない。
だってそれを聞いたら、答えが何であれ、期待してしまうから。
「……おいしいです」
ぽつりと、そう言ってくれた声に、胸がきゅっとなった。
でもその表情は、やっぱり何かを抱えてる。
「作らせた」ことに、きっと罪悪感を持ってる。
……わかってるよ。
君が今ここにいるのは、好意や記憶じゃなくて、"同情"の延長。
それでも、俺はそれが嬉しかった。
嬉しいって思ってる自分に、少し引いたけど。
食事のあとの沈黙が、やけに長かった。
彼女は、俺の顔を──いや、"俺という存在"を、じっと見ていた。
高い身長。細身の体。
よく「細い」って言われるけど、それは最近特に言われるようになった気がする。
眠たそうな目。大きいくせに、あんまり感情が読めないってよく言われる。
……その代わり、口角だけは常に上げてる。意識的に、ね。
作り笑いじゃないけど、演技じゃないけど、
ただ"壊れないための形"として、俺は笑ってるんだと思う。
「……なに?」
視線に気づいて声をかけると、彼女は少しだけ目を伏せた。
何か言いたそうな、でも言葉にならないまま、口を閉じる感じ。
「俺の顔、なんかついてた?」
「……いいえ。なんでもないです」
嘘だな〜。でも、追及はしない。
君は今、"夫"としての俺を見てる。
たぶん、頭の中で答え合わせしてる。
「なんでこの人を選んだんだろう」
「私、ほんとにこの人の奥さんだったのかな」
「こんな人が、自分なんかを選ぶんだろうか」って──
でもさ、それ、こっちのセリフだよ。
君がどう思ってるかなんて、怖くて聞けない。
でも、知りたい。
君がこの"俺"を見て、何を思ったのか。
帰らなきゃいけない、って言われるのが怖くて、
俺はわざと軽い調子で言う。
「なんなら、もう一品作ろうか〜?おかわりあるよ〜?」
彼女は少しだけ笑った。
その笑いは、さっきよりも少しだけ"まっすぐ"だった。
時計の針が22時を越えた頃、
君がそっと膝の上の手を見つめた。
「……そろそろ、帰ろうかなって思ってたんですけど」
その言葉で、
なんとなくぬるく続いてた時間が、一瞬、止まった。
ああ、やっぱり──
ここは"君の帰る場所"じゃないんだって。
心のどこかで、それはとっくに理解してた。
けど、理解してることと納得してることって、ぜんぜん別物だよね。
「そっか〜、遅くなっちゃったしね〜。送ろうか?」
できるだけ、"なんでもないような口調"で返したつもりだった。
でも、君の指先が、ソファの端を少しだけ強く握るのを見逃さなかった。
小さな沈黙。
そのあとに、ぽつりと、落ちた。
「……泊まってもいいですか」
一瞬、聞き間違いかと思った。
けど、君の目は俺の目を見ていて、
どこにも冗談や迷いじゃない、たしかな"困惑と願い"があった。
俺は、すぐに返事をしなかった。
できなかった、が正しい。
頭のどこかが警鐘を鳴らしてた。
"期待するな" "勘違いするな" "これは一時的なものだ"って。
でも心は──
もうそのたったひとことで、崩れかけてた。
「……もちろん」
口から出た声が、自分でも驚くほど優しかった。
"歓迎"でも、"歓喜"でもなくて、ただ、静かに抱きとめるような温度だった。
「ベッド、ちゃんとシーツ替えてあるし、クッションも前と同じ場所に置いといたよ〜」
君は目を見開いたあと、少しだけ笑った。
「……そういうところ、変わらないんですね」
「変わってないよ〜。俺、君が帰ってくるって信じてたもん」
本当は、信じてなんてなかった。
ただ、"信じてたふり"をして、部屋を保ってただけ。
でも──
今この瞬間、"帰ってくる君"がいるのなら、
その嘘くらい、堂々とついてもいいでしょ?
俺は街の角で、彼女と偶然すれ違った。
まさか、って思って、
でも目が合った瞬間、彼女のほうが気づいて立ち止まった。
「……天童さん?」
苗字を呼ばれたことに、反応が少し遅れた。
「や〜、偶然だね〜」
いつもの調子で返したけど、
彼女の目は、俺の顔じゃなく、体の方をじっと見てた。
「……痩せました?」
「え〜?そうかな?ほら、夏だから溶けかけてんのかもね〜」
笑って流すと、彼女は小さくため息をついた。
「……無理して、明るくしなくていいですよ。前からそういうとこ、ありましたよね、天童さんって」
その一言が、
どうしようもなく懐かしくて、でも今の距離のままだと切なくて。
彼女のほうが、先に口を開いた。
「……あの、もし……一緒にいるのが嫌じゃなければ、ご飯……どうですか?」
その言葉に、返事するのに数秒かかった。
俺はきっと、すごく変な顔してたと思う。
嬉しいのに、信じていいのかわからなくて、でも信じたくて。
「……それって、俺が横にいても大丈夫ってこと〜?」
「……はい。大丈夫です。少しだけ……安心する感じがしたので」
その言葉に、
なんだろう、心臓の奥があったかくなるような、でも泣きたくなるような。
「じゃあさ〜、すっごく美味しいとこあるんだ〜。ただし、俺が作るやつだけどね?」
「え?」
「俺の家でご飯、って意味だよ〜。もちろん、断ってもいいよ?……でも、来てくれたら、たぶん俺、ちょっとだけ復活するかも」
彼女は黙ってた。
でも──数秒して、小さくうなずいた。
それだけで、
この一週間の空白が、すこしだけ埋まった気がした。
鍋の中で火を落とし、蓋をする。
スパイスを効かせたチキンと、野菜の煮込み。
前に「おいしい」って言ってくれたやつ。
……記憶には残ってなくても、体には残ってるといいな、って思って。
「できたよ〜」
ダイニングテーブルに皿を並べながら、彼女の顔をちらっと見る。
その目は、なんか……複雑な光をしてた。
遠慮? 罪悪感?
それとも、わかんないっていう苛立ち?
「ほんとはさ〜、そっちが誘ってくれたんだから、作らせちゃってごめんね〜とか言ってみてもいいんだけどぉ?」
冗談めかして言うと、彼女は小さく、でも確かに肩を揺らして笑った。
けどそのあとに、すぐ目を伏せた。
ああ、やっぱり、
"笑っていいのか迷ってる"って顔してる。
スプーンを口に運ぶ姿を、気づかれないように横目で見ていた。
美味しいかどうか、聞くつもりはない。
だってそれを聞いたら、答えが何であれ、期待してしまうから。
「……おいしいです」
ぽつりと、そう言ってくれた声に、胸がきゅっとなった。
でもその表情は、やっぱり何かを抱えてる。
「作らせた」ことに、きっと罪悪感を持ってる。
……わかってるよ。
君が今ここにいるのは、好意や記憶じゃなくて、"同情"の延長。
それでも、俺はそれが嬉しかった。
嬉しいって思ってる自分に、少し引いたけど。
食事のあとの沈黙が、やけに長かった。
彼女は、俺の顔を──いや、"俺という存在"を、じっと見ていた。
高い身長。細身の体。
よく「細い」って言われるけど、それは最近特に言われるようになった気がする。
眠たそうな目。大きいくせに、あんまり感情が読めないってよく言われる。
……その代わり、口角だけは常に上げてる。意識的に、ね。
作り笑いじゃないけど、演技じゃないけど、
ただ"壊れないための形"として、俺は笑ってるんだと思う。
「……なに?」
視線に気づいて声をかけると、彼女は少しだけ目を伏せた。
何か言いたそうな、でも言葉にならないまま、口を閉じる感じ。
「俺の顔、なんかついてた?」
「……いいえ。なんでもないです」
嘘だな〜。でも、追及はしない。
君は今、"夫"としての俺を見てる。
たぶん、頭の中で答え合わせしてる。
「なんでこの人を選んだんだろう」
「私、ほんとにこの人の奥さんだったのかな」
「こんな人が、自分なんかを選ぶんだろうか」って──
でもさ、それ、こっちのセリフだよ。
君がどう思ってるかなんて、怖くて聞けない。
でも、知りたい。
君がこの"俺"を見て、何を思ったのか。
帰らなきゃいけない、って言われるのが怖くて、
俺はわざと軽い調子で言う。
「なんなら、もう一品作ろうか〜?おかわりあるよ〜?」
彼女は少しだけ笑った。
その笑いは、さっきよりも少しだけ"まっすぐ"だった。
時計の針が22時を越えた頃、
君がそっと膝の上の手を見つめた。
「……そろそろ、帰ろうかなって思ってたんですけど」
その言葉で、
なんとなくぬるく続いてた時間が、一瞬、止まった。
ああ、やっぱり──
ここは"君の帰る場所"じゃないんだって。
心のどこかで、それはとっくに理解してた。
けど、理解してることと納得してることって、ぜんぜん別物だよね。
「そっか〜、遅くなっちゃったしね〜。送ろうか?」
できるだけ、"なんでもないような口調"で返したつもりだった。
でも、君の指先が、ソファの端を少しだけ強く握るのを見逃さなかった。
小さな沈黙。
そのあとに、ぽつりと、落ちた。
「……泊まってもいいですか」
一瞬、聞き間違いかと思った。
けど、君の目は俺の目を見ていて、
どこにも冗談や迷いじゃない、たしかな"困惑と願い"があった。
俺は、すぐに返事をしなかった。
できなかった、が正しい。
頭のどこかが警鐘を鳴らしてた。
"期待するな" "勘違いするな" "これは一時的なものだ"って。
でも心は──
もうそのたったひとことで、崩れかけてた。
「……もちろん」
口から出た声が、自分でも驚くほど優しかった。
"歓迎"でも、"歓喜"でもなくて、ただ、静かに抱きとめるような温度だった。
「ベッド、ちゃんとシーツ替えてあるし、クッションも前と同じ場所に置いといたよ〜」
君は目を見開いたあと、少しだけ笑った。
「……そういうところ、変わらないんですね」
「変わってないよ〜。俺、君が帰ってくるって信じてたもん」
本当は、信じてなんてなかった。
ただ、"信じてたふり"をして、部屋を保ってただけ。
でも──
今この瞬間、"帰ってくる君"がいるのなら、
その嘘くらい、堂々とついてもいいでしょ?
