終電間際のホーム。
電車が行き過ぎたあと、風だけが残っていた。
ベンチの隣に天童くんが座っているのに、少しの距離がずっと遠く感じた。

「……ねえ、ほんとに怒ってくれないんだね」

声を出した瞬間、自分でもわかるくらい、情けなく震えていた。
怒られたかったのに、どこかで"優しくしてほしい"とも思っていた。

「……怒ってほしいの？」

低く落ち着いた声。
だけどその目は、柔らかくて、私を責めるような色じゃなかった。

「怒ってよ。私、また約束破ったじゃん。また嘘ついたし……。
　遅れた上に連絡もしなくて。
　自分でも最低だってわかってるのに……なんで何も言ってくれないの？」

胸の奥がじわりと痛む。
怒られたかったのは、きっと赦されたいからだった。
罰を受ければ少しは楽になれると思っていた。

「……○○ちゃん、そんなことして、自分で自分のこと嫌いになってるでしょ」

静かに返ってきた声。
その優しさが、いちばん刺さる。
怒鳴られるより、何倍も苦しい。

「怒ってくれないと、私……覚くんに、嫌われたくなる。こんな私を好きって言われるのが苦しいの……」

そう言った瞬間、天童くんの指が私の腕を掴んだ。
びくっとした。
けど、力の強さの裏に迷いがあるのがわかる。

「……わかったよ」

息をつくように呟いて、彼は少しだけ表情を変えた。

「○○ちゃん、最低だね。
　俺のこと試してばっかり。
　遅れても嘘ついても、どうせ許してくれるって思ってるんでしょ？」

声のトーンが少しだけ低い。
それでも、どこか無理しているのが伝わってくる。
"怒ってあげようとしてる"──そんな不器用さが見えて、胸が詰まった。

「俺、そんな都合いい男じゃないし。
　いくら好きでも、限界はあるかもよ？」

言葉が突き刺さるのに、目が優しい。
だから余計に、涙がこぼれた。

「……どう？怒ったように見える？」

「……うん、見えるよ」

そう答えたら、彼はふっと笑って、私の涙を親指で拭った。
その手つきが優しすぎて、もう、どうしていいかわからなかった。

「○○ちゃんが怒ってほしい時ってさ、
　ほんとは"怒られたくない時"なんじゃない？」

「……え？」

「自分を責めすぎて、罰が欲しくなる時あるでしょ。
　誰かに怒られてスッキリしたい時。
　でもそれって、自分を許せないだけなんだよ〜」

その言葉に、何も言い返せなかった。
まるで心の中を全部見透かされたみたいだった。

「……でも俺は、そんな理由で○○ちゃんを傷つけるの、やっぱりやだなぁ」

そう言いながら、彼の手が私の頭に伸びた。
髪をそっと撫でる指先。
あの優しい手つきが、罪悪感と安心をごちゃまぜにしてくる。

「○○ちゃんが自分のこと嫌いでも、俺は好きだよ。
　嘘ついても遅れても、怒らないのは……俺の中に"許せる理由"があるから。
　"好きだから許す"って、バカみたいだけどね〜」

「……うん、バカみたい」

「でしょ〜。でも君にはそれくらいバカでいたいの」

ようやく、彼がいつもの笑顔を見せた。
それを見た瞬間、胸の奥がじんわりあたたかくなる。
涙が乾いていくのがわかる。

「だからさ、怒って欲しい時は、正直に"ごめんね"って言って？
　怒られたくて怒らせようとすると、俺、どこまでも甘やかしちゃうからさ」

「……もう甘やかされてる」

「ふふ、そっか〜。じゃあ今日は、特別にちょっとだけ厳しくしよっか」

そう言って、彼は私のほっぺを軽くつねった。
痛くないのに、ちゃんと「お仕置き」になった。

「はい、おしまい。……もう許す」

その一言で、胸の奥につかえていたものがふわっとほどけていく。
夜風が少し冷たいのに、隣は不思議とあたたかかった。