……おぉっと、危なかったね〜。
フライパンの上で油がぱちっと弾けて、○○ちゃんの手元をかすめた。
反射的に体が動いて、横から彼女の手を覆うようにして止めた。

「手、火傷しちゃうよ〜。ほら、俺代わる〜？」

軽く言いながらも、心臓の鼓動がちょっとだけ早い。
いつもより距離が近くて、彼女の髪から香る匂いに一瞬だけ息が詰まる。
冗談めかして言ってないと、たぶん、素のままが出そうだった。

「……自分で作りたいの」

○○ちゃんは小さく唇を結んで、エプロンの裾をぎゅっと握ってる。
そういう顔を見ると、どうしても笑ってしまう。
強がってるの、ちゃんとわかるから。

「そっか〜、そういうとこあるもんね、○○ちゃん
」

やわらかく言いながら、背後にまわる。
あえて距離を取らずに、そっと背中から腕をまわした。
彼女の体温がすぐそこにあって、胸の奥がじんわり熱くなる。

「じゃあさ、俺はこうやって背後霊してるね〜。
　困ったら『助けて〜』って呼んで。すぐ動くから」

「背後霊って……」

「いいじゃん。怖くないやつだよ？むしろ、○○ちゃん専属のやつ〜」

肩に顎をちょんと乗せると、彼女の髪が頬に触れた。
その瞬間、ほんの少しだけ目を閉じる。
たったこれだけで、心が落ち着く。

「……じゃあ、炒めるのは続けるから、次の野菜だけ切ってもらってもいい？」

「了解〜。指揮官の命令には逆らえないからね〜」

そう言って包丁を取る。
ふざけた調子で見せながらも、彼女の横顔を目の端で追ってしまう。
フライパンを振るたびに髪が揺れて、その動きひとつひとつがやけに愛しい。

トントンと刻む音と、ジュウッという音が重なって、ふたりの呼吸がぴたりと合う。
この時間が、やけに穏やかで、やけに好きだと思う。

「なーんか、いいねぇ。ふたりでごはん作るって」

「うん……いいかも」

その返事が少し照れていて、俺の方が照れそうになる。
でも、笑ってごまかす。

「いつかさ〜、もっと広いキッチンでさ。
　俺が切って、○○ちゃんが炒めて……って、毎日こうやってごはん作るの」

言いながら、自分でも少し驚く。
そんな未来のこと、普段は冗談でしか言わないのに。
でも今は、素直に口から出ていた。

「あ、今の、冗談っぽかったけど〜……うん、ちょっとだけ本気かな〜」

「ふふ、ちょっとだけってなにそれ」

○○ちゃんが笑う。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥の何かがほどけるようだった。

俺の冗談、半分は照れ隠し。
でももう半分は、ほんとの気持ちだ。
この人と過ごす時間が好きで、
笑ってる顔を、ずっと隣で見ていたいって思う。

そんなこと、言葉にするのはまだ早いけど──
フライパンの音にまぎれて、心の中ではちゃんと呟いていた。

……○○ちゃん。
俺、こういう時間がいちばん幸せだよ。