俺は○○ちゃんと横並びで歩きながら、つい身体を少し傾けて顔を覗き込む。

「ねぇねぇ、○○ちゃんってデート慣れしなる〜？」

彼女の目を覗き込むと、一瞬だけ迷うような表情が浮かぶ。

「……慣れてないけど？」

やっぱりそうか、と思いながら、軽く笑みを作る。

「ふーん、そっかぁ〜。……よかった」

「よかった？」

「だって俺もなんだもん。緊張してたの、バレたくなかったんだけどな〜。あぁ〜、バレちゃったかも〜」


ふざけて笑ってみせるけれど、実際には歩幅を微妙に合わせながら、どこか手探りで歩いている自分に気づく。普段ならふわふわ軽やかに歩くのに、今日は少し不安気味かもしれない。

「……ねぇ、○○ちゃん」

「ん？」

「俺の"彼女"って、どんな気分？」

彼女の胸が少し跳ねるのを感じる。いたずらっぽく見つめたつもりだったけど、俺自身も心臓が軽く高鳴る。

「……うれしいに決まってるじゃん」

「……そっか。そっかぁ……」

ほんの一瞬、まぶたを伏せて何かを抑えたけれど、すぐに普段の調子に戻る。

「じゃあさ！今日は俺が"彼氏"って気分を思いきり味あわせてあげるから、覚悟してよね？　
……○○ちゃんと、手、繋ご？」

差し出した手を、彼女がそっと握る。温かい。
その瞬間、指先に力が返ってきて、自然と俺もぎゅっと握り返す。


「……あれれぇ〜？　○○ちゃん、照れてる〜？」

「揶揄わないで」

ふふ、と軽く笑うと、指先で触れ合う手の感覚が何より嬉しい。


「でも俺、○○ちゃんのそういうとこ、すごく好きなんだよね」

囁くつもりじゃなかったのに、声は自然と柔らかくなる。道行く人のざわめきよりも、彼女の反応のほうが大きく心に響いた。
「……ねぇ、○○ちゃん」

「なに？」


「俺さ、付き合って初めてのデートでこんなに楽しいのって、人生初かも」

「それって何人と……」

「さぁ〜？　でも、"今が一番"ってのは嘘じゃないよ」

握った手を、少し強く握り返す。言葉で伝えるよりも、この感覚で伝えたい。


「俺、今日ずっと思ってた。○○ちゃんのこと、好きになってよかったなって。……これからも、もっと好きになっていくんだなぁって」

言葉にしてしまえば重いかもしれない。でも、彼女には嘘はつきたくない。

空が少し赤く染まる頃、俺たちは駅へ向かって歩き続ける。
会話はゆるやかで、ふざけるよりも静かなやり取りのほうが、今の俺には心地よい。
指先で何度も触れ合いながら、彼女の温度を確かめる。

「ねぇ、○○ちゃん」

「なに？」

「今日のこと、夢だったらどうしよ〜って、さっきからずっと思ってんだけど……」

「なにそれ　夢じゃないよ」

「……ほんと？」

「うん」

「証拠欲しいなぁ〜……ほら、ちょっとこっち向いて？」

言われるままに顔を向ける彼女に、思わず頬に軽くキスをする。

「……ん、これで証拠ゲットぉ。……ふふっ、
○○ちゃんの顔、今めちゃくちゃ可愛い〜」

彼女の笑い声と一緒に、耳まで赤くなっている自分に気づく。

駅が近づくにつれて、人の気配が増えてくる。
別れが近いことを意識して、心のどこかが少し沈む。

「ねぇ……ほんとに帰るの？」

「……うん、帰るよ？」

「やだ」

……あっさり、でも確かに心からの言葉。


「……何それ」

「やだって言っただけ。○○ちゃんが帰るの、やだ。だって……まだ手、離したくないし」

少し目を伏せるけど、声のトーンは冗談のまま。けれど目だけは、嘘をつけない。
「俺さ、いつもはあんまり引き止めたりしないんだけど……今日は、特別」

「……特別？」

「うん。俺が"彼氏"になった日だから。……ちゃんと、わがまま言いたい日」

くっと唇を噛んでから、目を逸らす。


「……駅、まだ行かなくていいよね？　もうちょっとだけ、歩こ」

手を引いて歩き出すと、夜風が少しだけ冷たく感じる。その冷たささえ、彼女の手の温度で癒される。
たった数時間一緒にいただけなのに、離れるのが寂しい。


「……ねぇ、○○ちゃん。俺、今すごく大切なこと言いそうだから、ちゃんと聞いて？」
「……うん」

「次のデート、すぐにしたい。ていうか、明日も……会いたいな」

ふざけた笑顔の奥に、少しだけ不安が見える。


「それくらい……好きなんだよ。○○ちゃんのこと」

軽く言ったつもりでも、心にずっしり残る。これは嘘じゃない。
──彼女を好きになって、本当によかった。
その想いだけが、夜空の下で静かに燃えている。