朝、目覚ましが鳴るより少し早く目が覚めた。
昨日の朝、桜の下で会った彼女の顔が、なぜか頭の奥に残ってた。
だから、今日も同じ時間に走ってみようと思った。

本当は朝が苦手なんだけどね〜。
でも"もしかしたらまた会えるかも"って思うと、不思議と足が軽い。

冷たい空気の中を走ってると、
街路樹の桜がまた少し散り始めていた。
昨日よりも花が舞ってて、道路の上は薄いピンクの粒が光に溶けてる。
それがやけにきれいで、思わず手を伸ばしてみた。

指先にふわりと触れる瞬間、
風と一緒に花びらが跳ねる。
……これ、うまく掴めたら驚くだろうな〜、って思って、
しばらく夢中になって追いかけてた。

⸻

坂を下りきったところで、
前方に彼女の姿が見えた。
携帯を見ながら歩いてて、髪が少し揺れてる。

近づいて肩を軽く叩くと、びくっとして振り向いた。
その顔が寝ぼけたみたいで可愛い。

「良かった〜。朝弱いから今日は会えないと思ったけど、会えたネ〜」
「朝練頑張ってる人にこんなこと言うのはどうかと思うけど、まだ眠い」

苦笑しながらあくびを隠す仕草。
俺はポケットの中の"桜の花びら"を握り直した。

「これで目が覚めるかな〜？」

そう言って、そっと手の中の花びらを空に放る。
ひらひらと光を反射しながら、彼女の頭上に落ちていく。
風が追いかけるみたいに舞って、
まるでこの瞬間だけ、世界が止まったみたいだった。

「……」
声が出ないで見上げてる彼女の髪に、
一枚の花びらがとまる。

「髪飾りみたいについてて可愛いヨ」
「……うん……」

その返事が小さくて、
俺はなんだか照れくさくなって、笑いで誤魔化す。

「あ、ちなみに咲いてるのじゃないし、落ちた花びらでもないヨ」
「？　空中のをこんだけ取ったの？！」
「ゲスブロッカー舐めんなよ〜」

そう言って笑いながら、手を振って走り出す。
後ろから「もう……」って声が聞こえた気がして、
それが妙に嬉しかった。

⸻

あとで考えたら、
ほんの一瞬の出来事だったのに、
あの桜の舞い方とか、彼女の驚いた顔とか、
全部、ちゃんと覚えてる。

俺にとってはただの朝練の途中でも、
彼女にとっては"特別な朝"になったならいいな〜、なんて思う。

春の匂いと、手のひらに残った花びらの感触が、
まだ少しだけ、あたたかかった。