赤葦
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夏は、練習の音と汗の匂いに包まれて過ぎていく。
ボールを追っている間は、彼女のことを考えないようにしているのに、
夜、シャワーを浴びて静かになった部屋に戻ると、
ふと寂しさが押し寄せてくる。
電話をかけても、留守電。
わかってる、忙しいのはお互いさま。
それでも、声が聞きたくて指が勝手に動く。
「……余裕、ないな俺」
そうつぶやいて、笑ってみせるけれど、
胸の奥がざわついて仕方がなかった。
その夜、家のチャイムが鳴った。
親は祭りの手伝いに出ていて、俺一人。
ドアフォンを覗くと、
そこには浴衣姿で緊張した面持ちの彼女が立っていた。
思わずドアを開ける。
「……どうしたの」
「こ、こんばんは!あのっ……渡したいものがあって」
普段よりかしこまった敬語に、つい笑ってしまう。
部屋にあがると、彼女は麦茶を一気に飲み干した。
よほど緊張していたのだろう。
「そんな思いまでして、何を渡したかったの?」
そう聞くと、
彼女は小さな袋から、真っ赤なりんご飴を取り出した。
「お祭りで見つけて……京治にも食べさせてあげたくて」
照れくさそうに差し出され、胸がじんとする。
一緒に行きたかったなんて、
そんな我儘を言わない彼女だからこそ、余計に愛しい。
「……ありがとう」
「一口食べますか?」
「あなたの分はあるの?」
「ないけど、貰ってもいいならひと口欲しいです」
笑いながら差し出される飴を、そっとかじる。
水飴が少し溶けて、指先に伝わった。
冷たいクーラーの風の中、
夏の甘い匂いが部屋に広がる。
「……なんか、焼きそばの匂いする」
「えっ、うそ!? たぶん屋台でつい買っちゃって」
「らしいね」
からかうように笑って、そっと彼女の髪を撫でた。
――会えなかった時間のぶんだけ、
こうして触れ合うことが、胸に沁みていく。
唇の端に少しだけソースがついていたのを見つけ、
指で拭ってやると、
彼女がびっくりしたように目を見開いた。
「ついてた」
「……ありがと」
それだけで、充分だった。
何も言わなくても、伝わる気がした。
テーブルの上では、
彼女がくれたりんご飴が、ゆっくりと溶けている。
それでも、不思議と甘い香りは消えなかった。
