心理テスト いたずら(烏野、白鳥沢)
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ただ立っているだけなのに。
どうして目が離れないんだろう。
同じ人間のはずなのに、どこか現実味がない。
浮世離れ。
高踏的。
そんな言葉が自然と浮かぶ。
圧倒的な存在感。
だから誰も、無闇に近づかない。
──だからこそ、近づきたくなった。
知りたいと思った。
中学からの持ち上がりのクラスメートに聞けば、
彼は中学時代からバレー部の有名人。
クラスは違って、接点なんてなかったけれど。
見かければ挨拶をして、
勇気を出して話しかけた。
会話は、だいたい私が一方的に話す形になる。
それでも彼は、ちゃんと聞いてくれた。
相槌は少ない。
でも途中で遮らない。
その静けさが、妙に面白かった。
けれどクラスが違えば、会う機会も限られる。
気がつけば、彼の隣にはいつも同じ背丈の男子がいる。
よく笑い、よく話し、自然に並んで歩いている。
その光景に、胸がざわついた。
私も同じ部活だったら。
同じクラスだったら。
同じ男だったら。
馬鹿みたいな仮定ばかり浮かぶ。
ないものねだりが過ぎて、自分が嫌になる。
それでも、同じ学校で同じ学年だ。
諦める理由にはならなかった。
けれど距離感は掴めないまま。
二年の時はクラスが離れすぎて、
挨拶すら減っていった。
三年になって同じクラスになったときは、素直に嬉しかった。
でも同時に、不安も湧いた。
私のこと、覚えているだろうか。
それでも話したい。
彼が何を考えていて、何が好きで、どんな風に笑うのか。
知りたい。
「○○ってさ、牛島さんのこと好きなの?」
友達にそう言われて、ほんの少しだけイラッとした。
でも顔には出さない。
「同級生なのに"さん"付けって。牛島くんって呼ばないの?」
笑いながら話題をずらす。
そういえば男子も、なぜか"さん"付けで呼ぶ。
気にしているくせに、遠巻きに見るだけで、あまり話しかけない。
……ああ、そうか。
わからないから知りたい、と思う人は少ないのか。
"知りたい"が、すぐに"好き"と同じにされる。
その単純さが、少しだけもどかしかった。
クラスで牛島くんに普通に話しかけるのは、たぶん私くらいだ。
部活で授業に出られなかったときの提出物も、
いつの間にか私経由になっている。
会話は相変わらず、ほとんど私が話す側。
でも彼はちゃんと聞いてくれる。
たまに少しずれた返答をして、それが妙に面白い。
しっかりしていそうなのに、いまだに移動教室で迷う。
そんなところも含めて。
本当は、いろんな人に知ってほしい。
でも。
ほんの少しだけ。
彼と話すのは私だけ、という状況が嬉しかった。
昼休み。
学食から戻ると、教室で牛島くんが赤髪の男子(天童っていったっけ)向かい合っていた。
話しているというより、牛島くんが聞き役っぽい。
その天童が、ポッキーを差し出している。
(えっ? 牛島くんっておやつ食べるの?)
興味が勝って、近づく。
「ポッキー美味しい?」
「あぁ。甘いな」
「感想が"甘い"だけって〜」
大きな手で持つ細いポッキー。
やけに小さく見える。
小さくかじる姿に、思わず笑ってしまう。
なんで笑われているのかわからないのか、
小さく首を傾げる。
可愛い。
……可愛い??
自分の感情の変化に戸惑いながら、
ポケットにあったグミを差し出すと、
迷いなく口に入れる牛島くん。
「飴なのにそこまで甘くない」
「若利くん、グミ未経験?」
「ぐみ?」
「俺、結構食べてたじゃん。ずっと飴食ってるって思ってたのぉ〜?」
天童がけらけら笑う。
つられて私も笑う。
牛島くんは、なぜ笑われているのか理解していない顔。
私がひと粒取り出して噛むと、
真似するように噛む。
その素直さに、口元が緩む。
楽しい。
遠い存在だったはずなのに、
今は同じ教室で同じお菓子を食べている。
天童が目を細めて、牛島くんの腕をつつく。
牛島くんは一瞬視線を落とし、
それからまっすぐ私を見る。
「苗字」
差し出されたポッキー。
え、これって食べろってこと?
お返し?
少し戸惑いながら口を開ける。
その瞬間。
ばきっ。
目の前で、牛島くんが勢いよく一口かじった。
ぽかんとする私。
大爆笑する天童。
(絶対この人の入れ知恵だ……!)
拗ねた顔を作って牛島くんを見上げる。
「食べたかったのにー」
泣き真似までしてみせると、
牛島くんがはっとした顔をする。
すると残ったポッキーをまとめて掴み、
ぐいっと私の口元へ。
(いやいやいや……一気は無理!)
口を開けた瞬間、押し込まれる。
横で天童がさらに笑う。
慌てて私が首を振ると、「大丈夫か?」
と真顔で心配しながら、
自分のペットボトルのお茶を飲ませようと牛島くんが頭を押さえてくる。
その必死さに、吹き出しそうになる。
ああ、楽しい。
圧倒的で、近づきがたくて、
浮世離れしていると思っていた人が。
今、目の前で本気でポッキーを押し込もうとしている。
高校生だ。
ちゃんと、高校生をしている。
笑いすぎて涙がにじむ。
遠い存在だった彼が、
ぐっと近くに感じられた昼休みだった。
※※※※※※※※
(牛島視点)
中学から高校へ上がり、校内を歩く。
建物が違えば、同じ敷地でも勝手が違う。
廊下の角を曲がるたびに、人の流れに逆らっている気がした。
目的の教室に辿り着けない。
立ち止まる。
人波に乗れば着くだろうと思ったが、着かない。
部員の姿も見えない。
横から近づく気配。
視線を向けると、目を輝かせた女子生徒が立っていた。
「どうしたの?」
笑うでもなく、卑下するでもなく、
ただ普通に問いかける声。
事情を説明すると、迷いなく道を教えてくれた。
礼を言うと、簡単な自己紹介までされる。
手を振りながら「またね」と言った。
(また会うのか。)
そう思ったのを覚えている。
中学の頃も、話しかけてくる同級生はいた。
バレー部ではないが、よく声をかけられた。
俺は返事をしていた。
だが会話の途中で笑われることがあった。
好きなバレーの話しかしないから…らしい。
腹は立たなかった。
学生の本分は勉学だ。
部活は競技だ。
他のことに興味が薄いだけで、なぜ笑われるのか理解できなかった。
そう伝えると、話しかけられなくなった。
似たような者は他にもいた。
同性も異性も。
最初は話しかけてくるが、しばらくするといなくなる。
そういうものだと思っていた。
高校に上がっても同じかと思った。
だが、彼女は違った。
よく笑う。
自分の話はする。
だが、俺に無理に話題を振らない。
それが心地よかった。
答えを求められない会話は、初めてだった。
似たような存在がもう一人いる。
同じ部活で寮にもいる天童。
なぜか常に横にいる。
笑い、話しかける。
意味のわからない話も多い。
だが、笑って終わらず、さらに話しかけてくる。
ある時、理由を問うた。
「なぜ話しかける」
すると天童は笑いながら言った。
「好きを共有したいわけじゃないしー。若利くんの"わからない"も共有したい?みたいなー?」
意味がわからなかった。
バレー以外でわからないことは多い。
だが全てを知ろうとするのは貪欲すぎる。
向上心が強いな、と伝えると、天童はさらに笑った。
「いつかわかるんじゃない?」
余計にわからなかった。
一年の頃、よく話しかけてきた彼女。
二年になった頃、見かけなくなった。
気づいたのは、二年の夏。
校内を探したが見当たらない。
転校したのかと思った。
三年になり、同じクラスの名簿に彼女の名前を見つけた時。
──まだいたのか。
素直に、驚いた。
三年で同じクラスになった苗字は、よく笑っていた。
誰とでも話す。
輪の中心にいることも多い。
だが、また俺にも話しかけてくる。
一年の頃と変わらない調子で。
二年の時、どこにいたのか。
聞きたかった。
だが、あれだけ多くの人と話す苗字に、俺が踏み込んでいいのかわからなかった。
言葉が出ないまま、時間だけが過ぎる。
クラスメートと笑っている姿を見ると、なぜか近くへ行きたくなる。
理由はわからない。
ただ、距離があると落ち着かない。
近づくと苗字は気づき、俺に話しかける。
数度言葉を交わせば、胸の奥にあった焦燥が薄れる。
それを寮で天童に伝えた。
すると天童は笑って言った。
「春だね〜」
季節の話はしていない。
意味がわからなかった。
ある日、天童が五色に悪戯をしたらしい。
理由を問うと「コミュニケーションの一種」と言う。
俺も苗字とコミニケーションをしてみたい、と伝えると、楽しそうに方法を教えてきた。
「今日若利くんのクラス行くから。その時お菓子食べたそうにしたら苗字ちゃんに差し出してネ。口開けたら自分で食べるんだョ。」
それがコミュニケーション。
初めて知った。
バレーしか知らない自分に、
こうした知識を与える天童を、素直に尊敬した。
昼休み
菓子を食べていると、苗字が近づいてくる。
今か。
天童を見ると、素知らぬ顔をしている。
駆け引きなのか。
バレーなら力でねじ伏せればいい。
だがこれは違う。
天童に任せるべき領域だろう。
苗字から差し出されたグミを食べる。
しばらくして、肘をつつかれる。
今だな。
菓子を差し出す。
苗字が口を開ける。
──ここで俺が食べるのか。
葛藤はあった。
だが教えられた通りに、手首を返し、自分の口へ運ぶ。
苗字は困った顔で、泣きそうになりながら言った。
「食べたかった」
その瞬間、教えられた"コミュニケーション"は吹き飛んだ。
掴んだ菓子を、彼女の口元へ差し出す。
口が開いた瞬間、押し込む。
笑いながらむせる苗字に動揺し、
鞄からペットボトルを取り出し、茶を飲ませる。
心配とは裏腹に、彼女は笑っている。
天童も笑っている。
理由はわからない。
だが、楽しい。
確かに、楽しい。
苗字の目に涙が溜まっていた。
手で拭う。
「喉が詰まって苦しいのか?」
「違う違う! 笑いすぎて涙出ただけ!」
安心する。
目尻に残る涙が、妙に綺麗だった。
拭ったそれを、なぜか見つめる。
理解できない衝動のまま、舌先で舐めた。
驚いた顔。
──変だ。
それは理解できる。
だが、なぜそうしたのかは説明できない。
「綺麗だと思った。ハンカチで拭いたくなかった。嫌か?」
苗字は首を振る。
赤くなる顔。
触れたい、と思う。
伸ばしかけた手。
チャイムが鳴る。
空中で止まる指先。
時計を睨む。
恥ずかしそうに席へ戻る苗字。
天童は笑いながら自分の教室へ戻っていく。
あとで聞こう。
この胸の内を、何と言うのか。
焦燥。
安堵。
衝動。
苗字に向けるこの感情を。
──恋情というのなら。
それは、どう扱えばいいのかを。
どうして目が離れないんだろう。
同じ人間のはずなのに、どこか現実味がない。
浮世離れ。
高踏的。
そんな言葉が自然と浮かぶ。
圧倒的な存在感。
だから誰も、無闇に近づかない。
──だからこそ、近づきたくなった。
知りたいと思った。
中学からの持ち上がりのクラスメートに聞けば、
彼は中学時代からバレー部の有名人。
クラスは違って、接点なんてなかったけれど。
見かければ挨拶をして、
勇気を出して話しかけた。
会話は、だいたい私が一方的に話す形になる。
それでも彼は、ちゃんと聞いてくれた。
相槌は少ない。
でも途中で遮らない。
その静けさが、妙に面白かった。
けれどクラスが違えば、会う機会も限られる。
気がつけば、彼の隣にはいつも同じ背丈の男子がいる。
よく笑い、よく話し、自然に並んで歩いている。
その光景に、胸がざわついた。
私も同じ部活だったら。
同じクラスだったら。
同じ男だったら。
馬鹿みたいな仮定ばかり浮かぶ。
ないものねだりが過ぎて、自分が嫌になる。
それでも、同じ学校で同じ学年だ。
諦める理由にはならなかった。
けれど距離感は掴めないまま。
二年の時はクラスが離れすぎて、
挨拶すら減っていった。
三年になって同じクラスになったときは、素直に嬉しかった。
でも同時に、不安も湧いた。
私のこと、覚えているだろうか。
それでも話したい。
彼が何を考えていて、何が好きで、どんな風に笑うのか。
知りたい。
「○○ってさ、牛島さんのこと好きなの?」
友達にそう言われて、ほんの少しだけイラッとした。
でも顔には出さない。
「同級生なのに"さん"付けって。牛島くんって呼ばないの?」
笑いながら話題をずらす。
そういえば男子も、なぜか"さん"付けで呼ぶ。
気にしているくせに、遠巻きに見るだけで、あまり話しかけない。
……ああ、そうか。
わからないから知りたい、と思う人は少ないのか。
"知りたい"が、すぐに"好き"と同じにされる。
その単純さが、少しだけもどかしかった。
クラスで牛島くんに普通に話しかけるのは、たぶん私くらいだ。
部活で授業に出られなかったときの提出物も、
いつの間にか私経由になっている。
会話は相変わらず、ほとんど私が話す側。
でも彼はちゃんと聞いてくれる。
たまに少しずれた返答をして、それが妙に面白い。
しっかりしていそうなのに、いまだに移動教室で迷う。
そんなところも含めて。
本当は、いろんな人に知ってほしい。
でも。
ほんの少しだけ。
彼と話すのは私だけ、という状況が嬉しかった。
昼休み。
学食から戻ると、教室で牛島くんが赤髪の男子(天童っていったっけ)向かい合っていた。
話しているというより、牛島くんが聞き役っぽい。
その天童が、ポッキーを差し出している。
(えっ? 牛島くんっておやつ食べるの?)
興味が勝って、近づく。
「ポッキー美味しい?」
「あぁ。甘いな」
「感想が"甘い"だけって〜」
大きな手で持つ細いポッキー。
やけに小さく見える。
小さくかじる姿に、思わず笑ってしまう。
なんで笑われているのかわからないのか、
小さく首を傾げる。
可愛い。
……可愛い??
自分の感情の変化に戸惑いながら、
ポケットにあったグミを差し出すと、
迷いなく口に入れる牛島くん。
「飴なのにそこまで甘くない」
「若利くん、グミ未経験?」
「ぐみ?」
「俺、結構食べてたじゃん。ずっと飴食ってるって思ってたのぉ〜?」
天童がけらけら笑う。
つられて私も笑う。
牛島くんは、なぜ笑われているのか理解していない顔。
私がひと粒取り出して噛むと、
真似するように噛む。
その素直さに、口元が緩む。
楽しい。
遠い存在だったはずなのに、
今は同じ教室で同じお菓子を食べている。
天童が目を細めて、牛島くんの腕をつつく。
牛島くんは一瞬視線を落とし、
それからまっすぐ私を見る。
「苗字」
差し出されたポッキー。
え、これって食べろってこと?
お返し?
少し戸惑いながら口を開ける。
その瞬間。
ばきっ。
目の前で、牛島くんが勢いよく一口かじった。
ぽかんとする私。
大爆笑する天童。
(絶対この人の入れ知恵だ……!)
拗ねた顔を作って牛島くんを見上げる。
「食べたかったのにー」
泣き真似までしてみせると、
牛島くんがはっとした顔をする。
すると残ったポッキーをまとめて掴み、
ぐいっと私の口元へ。
(いやいやいや……一気は無理!)
口を開けた瞬間、押し込まれる。
横で天童がさらに笑う。
慌てて私が首を振ると、「大丈夫か?」
と真顔で心配しながら、
自分のペットボトルのお茶を飲ませようと牛島くんが頭を押さえてくる。
その必死さに、吹き出しそうになる。
ああ、楽しい。
圧倒的で、近づきがたくて、
浮世離れしていると思っていた人が。
今、目の前で本気でポッキーを押し込もうとしている。
高校生だ。
ちゃんと、高校生をしている。
笑いすぎて涙がにじむ。
遠い存在だった彼が、
ぐっと近くに感じられた昼休みだった。
※※※※※※※※
(牛島視点)
中学から高校へ上がり、校内を歩く。
建物が違えば、同じ敷地でも勝手が違う。
廊下の角を曲がるたびに、人の流れに逆らっている気がした。
目的の教室に辿り着けない。
立ち止まる。
人波に乗れば着くだろうと思ったが、着かない。
部員の姿も見えない。
横から近づく気配。
視線を向けると、目を輝かせた女子生徒が立っていた。
「どうしたの?」
笑うでもなく、卑下するでもなく、
ただ普通に問いかける声。
事情を説明すると、迷いなく道を教えてくれた。
礼を言うと、簡単な自己紹介までされる。
手を振りながら「またね」と言った。
(また会うのか。)
そう思ったのを覚えている。
中学の頃も、話しかけてくる同級生はいた。
バレー部ではないが、よく声をかけられた。
俺は返事をしていた。
だが会話の途中で笑われることがあった。
好きなバレーの話しかしないから…らしい。
腹は立たなかった。
学生の本分は勉学だ。
部活は競技だ。
他のことに興味が薄いだけで、なぜ笑われるのか理解できなかった。
そう伝えると、話しかけられなくなった。
似たような者は他にもいた。
同性も異性も。
最初は話しかけてくるが、しばらくするといなくなる。
そういうものだと思っていた。
高校に上がっても同じかと思った。
だが、彼女は違った。
よく笑う。
自分の話はする。
だが、俺に無理に話題を振らない。
それが心地よかった。
答えを求められない会話は、初めてだった。
似たような存在がもう一人いる。
同じ部活で寮にもいる天童。
なぜか常に横にいる。
笑い、話しかける。
意味のわからない話も多い。
だが、笑って終わらず、さらに話しかけてくる。
ある時、理由を問うた。
「なぜ話しかける」
すると天童は笑いながら言った。
「好きを共有したいわけじゃないしー。若利くんの"わからない"も共有したい?みたいなー?」
意味がわからなかった。
バレー以外でわからないことは多い。
だが全てを知ろうとするのは貪欲すぎる。
向上心が強いな、と伝えると、天童はさらに笑った。
「いつかわかるんじゃない?」
余計にわからなかった。
一年の頃、よく話しかけてきた彼女。
二年になった頃、見かけなくなった。
気づいたのは、二年の夏。
校内を探したが見当たらない。
転校したのかと思った。
三年になり、同じクラスの名簿に彼女の名前を見つけた時。
──まだいたのか。
素直に、驚いた。
三年で同じクラスになった苗字は、よく笑っていた。
誰とでも話す。
輪の中心にいることも多い。
だが、また俺にも話しかけてくる。
一年の頃と変わらない調子で。
二年の時、どこにいたのか。
聞きたかった。
だが、あれだけ多くの人と話す苗字に、俺が踏み込んでいいのかわからなかった。
言葉が出ないまま、時間だけが過ぎる。
クラスメートと笑っている姿を見ると、なぜか近くへ行きたくなる。
理由はわからない。
ただ、距離があると落ち着かない。
近づくと苗字は気づき、俺に話しかける。
数度言葉を交わせば、胸の奥にあった焦燥が薄れる。
それを寮で天童に伝えた。
すると天童は笑って言った。
「春だね〜」
季節の話はしていない。
意味がわからなかった。
ある日、天童が五色に悪戯をしたらしい。
理由を問うと「コミュニケーションの一種」と言う。
俺も苗字とコミニケーションをしてみたい、と伝えると、楽しそうに方法を教えてきた。
「今日若利くんのクラス行くから。その時お菓子食べたそうにしたら苗字ちゃんに差し出してネ。口開けたら自分で食べるんだョ。」
それがコミュニケーション。
初めて知った。
バレーしか知らない自分に、
こうした知識を与える天童を、素直に尊敬した。
昼休み
菓子を食べていると、苗字が近づいてくる。
今か。
天童を見ると、素知らぬ顔をしている。
駆け引きなのか。
バレーなら力でねじ伏せればいい。
だがこれは違う。
天童に任せるべき領域だろう。
苗字から差し出されたグミを食べる。
しばらくして、肘をつつかれる。
今だな。
菓子を差し出す。
苗字が口を開ける。
──ここで俺が食べるのか。
葛藤はあった。
だが教えられた通りに、手首を返し、自分の口へ運ぶ。
苗字は困った顔で、泣きそうになりながら言った。
「食べたかった」
その瞬間、教えられた"コミュニケーション"は吹き飛んだ。
掴んだ菓子を、彼女の口元へ差し出す。
口が開いた瞬間、押し込む。
笑いながらむせる苗字に動揺し、
鞄からペットボトルを取り出し、茶を飲ませる。
心配とは裏腹に、彼女は笑っている。
天童も笑っている。
理由はわからない。
だが、楽しい。
確かに、楽しい。
苗字の目に涙が溜まっていた。
手で拭う。
「喉が詰まって苦しいのか?」
「違う違う! 笑いすぎて涙出ただけ!」
安心する。
目尻に残る涙が、妙に綺麗だった。
拭ったそれを、なぜか見つめる。
理解できない衝動のまま、舌先で舐めた。
驚いた顔。
──変だ。
それは理解できる。
だが、なぜそうしたのかは説明できない。
「綺麗だと思った。ハンカチで拭いたくなかった。嫌か?」
苗字は首を振る。
赤くなる顔。
触れたい、と思う。
伸ばしかけた手。
チャイムが鳴る。
空中で止まる指先。
時計を睨む。
恥ずかしそうに席へ戻る苗字。
天童は笑いながら自分の教室へ戻っていく。
あとで聞こう。
この胸の内を、何と言うのか。
焦燥。
安堵。
衝動。
苗字に向けるこの感情を。
──恋情というのなら。
それは、どう扱えばいいのかを。
