赤葦
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朝は本当に苦手だ。
なのに今日は目覚ましよりも先に目が覚めた。
二度寝っていいよねって思ったけど、時計をみてやめた。
だって近所のパン屋の開店時間!
学校の近くにあって、いつもは登校ついでに昼ごはんを買うパン屋。
今日は朝から買って、家でサンドイッチを作るってどう?
もしかして、今日はいい一日なのでは?
パジャマからジャージに着替えて、鼻歌交じりに家を出る。
パン屋に着くと、朝一で焼き上がったバゲットが並んでいて、思わず顔が緩んだ。
大きいから半分は朝ごはん、半分は昼用。
レタスとトマトとハムでサンドイッチ……。
(私、女子力高くない?)
まだ何も作っていないのに一人で満足し、ついでに「今焼きたてですよ」と勧められたクリームパンまで買った。
完璧♪
家に帰る前、気分が良すぎて公園に寄り道する。
朝早くて人もいない。
花に微笑み、鳥に声をかけ、気分は完全にデ◯ズニープリンセス。
我ながら痛いけど、誰もいないからセーフ。
ひと通り満足して、さぁ帰ろうと袋を握ると、
まだパンが温かい。
お腹が鳴った。
……食べるなら、今では?
バゲットを頬張る。
パリッとした歯ごたえ、中はふわふわ。
小麦の匂い。
最高。
でももう一味欲しい。
そう!
味変のカスタードクリームとか最高じゃない?
口にバゲットを咥えたまま、クリームパンも一口と袋を探りつつ歩いた、その瞬間。
「うっぶぇっ!」
変な声と同時に、視界が揺れた。
何かにぶつかった? 転ぶ? え、なに?
口が痛い。
咥えていたバゲットが地面に転がる。
(私の朝と昼のパン……)
恐る恐る顔を上げると、
そこにいたのは……赤葦くん。
え?
同じ学年で、接点はないけど、普通にかっこいいと勝手に意識してた、あの赤葦くん?
心配そうに声をかけられるけど、頭の中はパニック
(フランスパン咥えて歩いてた女って認識されたくない!)
(最悪すぎる!)
(時間戻して!)
痛みより羞恥心が勝ち、何を言われてもまともに聞こえない。
とにかく顔を伏せるしかなかった。
気づいたら公園のベンチに座らされ、手には渡されたハンカチ。
どうやら口の端が切れて血が出ているらしい。
……固いバゲットを咥えて歩いた結果、唇を切る女子高生。
(いっそ殺してほしい)
さらに足首を冷やされ、触られ、テーピングまでされる。
優しさが全部心に刺さる。
「大丈夫です」を何度も繰り返した。
家が近いからと言ったけれど、近いならと送られることになった。
落ちてしまったバゲットを公園のゴミ箱に入れながら、私は静かに手を合わせた。
ごめんなさい。
そしてさようなら、私の淡い恋心。
このまま学校も休みたい。
今日がいい一日だと思った数十分前の自分を殴り倒したい。
げんなりしながらも、奇跡的に無事だったクリームパンを食べる。
こんな状況でも食べる私。
いや、食べないとやってられない。
朝の出来事を思い出しながら、口元をそっと押さえる。
まだ少し痛む。
ティッシュ代わりに渡されたハンカチを洗面台に広げて、しばし固まった。
血は落ちているけど、やっぱり彼のハンカチという事実が重い。
どうしよう。
返す? 返さない?
いや返すよね、普通は。
……普通って何?
迷った末、血がついた部分を手洗いして、そのまま洗濯機に放り込んだ。
回る洗濯槽を見つめながら、ため息をつく。
あ──
……学校行きたくない。
だって行ったら会うかもしれないし、会ったら絶対心配される。
でも休んだら休んだで心配される。
詰んでる。
ふと気づく。
……待って。
私、朝ジャージだったよね。制服じゃなかった。
ということは、
認知されてない可能性、ある?
そう思った瞬間、希望が芽生え、同時に、ずっと言えないままの淡い恋心がじわじわ削れていく。
もういい。
彼のハンカチだけを心の支えに、この高校生活を生きよう……。
そう決意したわりに、気分が沈んでいるせいで、結局いつも通りギリギリに学校へ到着した。
朝はサンドイッチを作るはずだった。
でも恋心と一緒に、あのバゲットはゴミ箱へ行った。
仕方ない。
昼は購買だ。
足首はまだ少し痛む。
購買前はすでに人だかりで、残っていそうなのは売れ残りのパンかおにぎり。
(今日はツイてない日)
そう思いながら列の後ろに並んでいると、後ろから声がした。
「苗字さん。足と、口……大丈夫ですか?」
──終わった。
ってか、おっふ……。
まさか、私、認知されてた?
朝は名前呼ばれてなかったのに。
制服じゃなくても分かるの? 怖。
「あ、はい……すみません」
それしか言えない。
表情筋、完全に死亡。
消えたい。
床に溶けたい。
「ハンカチ、安物なので気にしないでください」
……ああ。
やっぱりいらないよね。
血がついたハンカチ。
すみません。
生きててすみません。
もう卑屈になるしかない。
丸くもなれない、便所虫です。
そんな便所虫に、彼は少しだけ困った顔で言った。
「口、まだ痛いですか? よかったら……」
そう言って差し出されたのは、
購買で一番最初になくなる、丸ごとバナナ。
え。
天使?
気になってた男の子は、購買人気の丸ごとバナナをくれる天使だったの?
今朝のことがなければ。
もっと普通に、
もっと可愛い出会い方をしたかった。
そう思いながら、私はありがたく丸ごとバナナを受け取った。
※※※※※※※
(赤葦視点)
いつも通り朝練の時間を逆算して、余裕を持ち登校する。
眠気覚ましも兼ねて、歩幅を少し広く取って早歩きになる。
人通りの少ない時間帯。
バッグから単語帳を取り出して、英単語を目で追う。
公園の入り口付近で、左腕に軽い衝撃。
同時に、「ぶぇっ……」という、聞いたことのない音がした。
顔を上げると、地面に座り込んでいる女の子と、その横に転がるパン。
フランスパン。
……状況が把握できない。
ただ、女の子は口元を押さえているし、道路の真ん中で座り込んでいる。
考えるより先に声が出た。
「ぶつかりましたか? ……怪我は?」
相手は首を振って「大丈夫です」と言う。
けれど、口元を覆う手は離れない。
知っている顔だ、と気づいたのはそのあとだった。
同じ学校の、他クラスの苗字さん。
今はそれどころじゃない。
「触ると痛いですか?」
そう聞いて、彼女の手首にそっと触れ、口元を確認する。
一瞬、赤いものが見えて、思考が跳ねた。
(吐血……?)
慌てて携帯を取り出しかけたところで、
「本当に大丈夫です。唇が切れただけで……」
よく見ると、口の端が少し切れているだけだった。
安堵と同時に、余計な判断をしなくて済んだことに、ほっとする。
立ち上がろうとする彼女は、明らかに足をかばっていた。
「足、捻ってますよね」
否定される前に肩を貸す。
歩けると言いながら、よろけている。
公園のベンチに座らせ、ハンカチを渡し、トイレで濡らしたタオルで足首を冷やす。
状況を整理する。
(たぶん、フランスパンを咥えたまま歩いていた彼女と単語帳を見ていた俺がぶつかった。
衝撃で口の端を切って、足首を捻った。)
……なぜフランスパンを咥えて歩いていたのかは、考えない。
考えたところで答えは出ない。
木兎さんで慣れている。
了承を得て、バッグに入っていたテーピングを施す。
重症ではないが放っておくのは良くない。
家が近いという彼女を、そのまま一人で帰す気にはなれなかった。
苗字さんは、他クラスの生徒だ。
名前と顔が一致する程度の存在。
廊下ですれ違うと、なんとなく視線が行く
……それだけのはずだった。
それなのに。
今朝はやけに、表情が印象に残った。
恥ずかしそうに視線を逸らすところも、大丈夫だと言いながら無理をするところも。
ぶつかったから、印象に残っているだけだ。
パンを咥えて登校中に衝突するなんて、出来すぎていて、逆に現実味がない。
昼に彼女をみかけ声をかけた時、
自分でも意外なほど、彼女の反応を気にしていることに気づいた。
ハンカチを渡したのも、
購買で声をかけたのも、
理由はいくらでも後づけできる。
でも結局、一番近いのは──
『放っておけなかった』
それだけだ。
表情が読めないと言われることは多い。
自分でも、感情を外に出すのは得意じゃない。
けれど、彼女も似ている気がした。
もう少し感情が顔に出れば、
困っていることも、
嫌なことも、
そうでないことも、
…………もっと知りたいのに。
きっかけは、フランスパンを咥えた衝突事故。
そう考えると、
妙に運命めいて感じてしまうのも事実で。
──そんなことを思っている時点で。
たぶん俺は、
もう苗字さんのことを「気になる相手」として認識しているのだろう。
※TVより
登校中異性と道でパンを加えてぶつかる確率。
0,0000373%らしいです。
なのに今日は目覚ましよりも先に目が覚めた。
二度寝っていいよねって思ったけど、時計をみてやめた。
だって近所のパン屋の開店時間!
学校の近くにあって、いつもは登校ついでに昼ごはんを買うパン屋。
今日は朝から買って、家でサンドイッチを作るってどう?
もしかして、今日はいい一日なのでは?
パジャマからジャージに着替えて、鼻歌交じりに家を出る。
パン屋に着くと、朝一で焼き上がったバゲットが並んでいて、思わず顔が緩んだ。
大きいから半分は朝ごはん、半分は昼用。
レタスとトマトとハムでサンドイッチ……。
(私、女子力高くない?)
まだ何も作っていないのに一人で満足し、ついでに「今焼きたてですよ」と勧められたクリームパンまで買った。
完璧♪
家に帰る前、気分が良すぎて公園に寄り道する。
朝早くて人もいない。
花に微笑み、鳥に声をかけ、気分は完全にデ◯ズニープリンセス。
我ながら痛いけど、誰もいないからセーフ。
ひと通り満足して、さぁ帰ろうと袋を握ると、
まだパンが温かい。
お腹が鳴った。
……食べるなら、今では?
バゲットを頬張る。
パリッとした歯ごたえ、中はふわふわ。
小麦の匂い。
最高。
でももう一味欲しい。
そう!
味変のカスタードクリームとか最高じゃない?
口にバゲットを咥えたまま、クリームパンも一口と袋を探りつつ歩いた、その瞬間。
「うっぶぇっ!」
変な声と同時に、視界が揺れた。
何かにぶつかった? 転ぶ? え、なに?
口が痛い。
咥えていたバゲットが地面に転がる。
(私の朝と昼のパン……)
恐る恐る顔を上げると、
そこにいたのは……赤葦くん。
え?
同じ学年で、接点はないけど、普通にかっこいいと勝手に意識してた、あの赤葦くん?
心配そうに声をかけられるけど、頭の中はパニック
(フランスパン咥えて歩いてた女って認識されたくない!)
(最悪すぎる!)
(時間戻して!)
痛みより羞恥心が勝ち、何を言われてもまともに聞こえない。
とにかく顔を伏せるしかなかった。
気づいたら公園のベンチに座らされ、手には渡されたハンカチ。
どうやら口の端が切れて血が出ているらしい。
……固いバゲットを咥えて歩いた結果、唇を切る女子高生。
(いっそ殺してほしい)
さらに足首を冷やされ、触られ、テーピングまでされる。
優しさが全部心に刺さる。
「大丈夫です」を何度も繰り返した。
家が近いからと言ったけれど、近いならと送られることになった。
落ちてしまったバゲットを公園のゴミ箱に入れながら、私は静かに手を合わせた。
ごめんなさい。
そしてさようなら、私の淡い恋心。
このまま学校も休みたい。
今日がいい一日だと思った数十分前の自分を殴り倒したい。
げんなりしながらも、奇跡的に無事だったクリームパンを食べる。
こんな状況でも食べる私。
いや、食べないとやってられない。
朝の出来事を思い出しながら、口元をそっと押さえる。
まだ少し痛む。
ティッシュ代わりに渡されたハンカチを洗面台に広げて、しばし固まった。
血は落ちているけど、やっぱり彼のハンカチという事実が重い。
どうしよう。
返す? 返さない?
いや返すよね、普通は。
……普通って何?
迷った末、血がついた部分を手洗いして、そのまま洗濯機に放り込んだ。
回る洗濯槽を見つめながら、ため息をつく。
あ──
……学校行きたくない。
だって行ったら会うかもしれないし、会ったら絶対心配される。
でも休んだら休んだで心配される。
詰んでる。
ふと気づく。
……待って。
私、朝ジャージだったよね。制服じゃなかった。
ということは、
認知されてない可能性、ある?
そう思った瞬間、希望が芽生え、同時に、ずっと言えないままの淡い恋心がじわじわ削れていく。
もういい。
彼のハンカチだけを心の支えに、この高校生活を生きよう……。
そう決意したわりに、気分が沈んでいるせいで、結局いつも通りギリギリに学校へ到着した。
朝はサンドイッチを作るはずだった。
でも恋心と一緒に、あのバゲットはゴミ箱へ行った。
仕方ない。
昼は購買だ。
足首はまだ少し痛む。
購買前はすでに人だかりで、残っていそうなのは売れ残りのパンかおにぎり。
(今日はツイてない日)
そう思いながら列の後ろに並んでいると、後ろから声がした。
「苗字さん。足と、口……大丈夫ですか?」
──終わった。
ってか、おっふ……。
まさか、私、認知されてた?
朝は名前呼ばれてなかったのに。
制服じゃなくても分かるの? 怖。
「あ、はい……すみません」
それしか言えない。
表情筋、完全に死亡。
消えたい。
床に溶けたい。
「ハンカチ、安物なので気にしないでください」
……ああ。
やっぱりいらないよね。
血がついたハンカチ。
すみません。
生きててすみません。
もう卑屈になるしかない。
丸くもなれない、便所虫です。
そんな便所虫に、彼は少しだけ困った顔で言った。
「口、まだ痛いですか? よかったら……」
そう言って差し出されたのは、
購買で一番最初になくなる、丸ごとバナナ。
え。
天使?
気になってた男の子は、購買人気の丸ごとバナナをくれる天使だったの?
今朝のことがなければ。
もっと普通に、
もっと可愛い出会い方をしたかった。
そう思いながら、私はありがたく丸ごとバナナを受け取った。
※※※※※※※
(赤葦視点)
いつも通り朝練の時間を逆算して、余裕を持ち登校する。
眠気覚ましも兼ねて、歩幅を少し広く取って早歩きになる。
人通りの少ない時間帯。
バッグから単語帳を取り出して、英単語を目で追う。
公園の入り口付近で、左腕に軽い衝撃。
同時に、「ぶぇっ……」という、聞いたことのない音がした。
顔を上げると、地面に座り込んでいる女の子と、その横に転がるパン。
フランスパン。
……状況が把握できない。
ただ、女の子は口元を押さえているし、道路の真ん中で座り込んでいる。
考えるより先に声が出た。
「ぶつかりましたか? ……怪我は?」
相手は首を振って「大丈夫です」と言う。
けれど、口元を覆う手は離れない。
知っている顔だ、と気づいたのはそのあとだった。
同じ学校の、他クラスの苗字さん。
今はそれどころじゃない。
「触ると痛いですか?」
そう聞いて、彼女の手首にそっと触れ、口元を確認する。
一瞬、赤いものが見えて、思考が跳ねた。
(吐血……?)
慌てて携帯を取り出しかけたところで、
「本当に大丈夫です。唇が切れただけで……」
よく見ると、口の端が少し切れているだけだった。
安堵と同時に、余計な判断をしなくて済んだことに、ほっとする。
立ち上がろうとする彼女は、明らかに足をかばっていた。
「足、捻ってますよね」
否定される前に肩を貸す。
歩けると言いながら、よろけている。
公園のベンチに座らせ、ハンカチを渡し、トイレで濡らしたタオルで足首を冷やす。
状況を整理する。
(たぶん、フランスパンを咥えたまま歩いていた彼女と単語帳を見ていた俺がぶつかった。
衝撃で口の端を切って、足首を捻った。)
……なぜフランスパンを咥えて歩いていたのかは、考えない。
考えたところで答えは出ない。
木兎さんで慣れている。
了承を得て、バッグに入っていたテーピングを施す。
重症ではないが放っておくのは良くない。
家が近いという彼女を、そのまま一人で帰す気にはなれなかった。
苗字さんは、他クラスの生徒だ。
名前と顔が一致する程度の存在。
廊下ですれ違うと、なんとなく視線が行く
……それだけのはずだった。
それなのに。
今朝はやけに、表情が印象に残った。
恥ずかしそうに視線を逸らすところも、大丈夫だと言いながら無理をするところも。
ぶつかったから、印象に残っているだけだ。
パンを咥えて登校中に衝突するなんて、出来すぎていて、逆に現実味がない。
昼に彼女をみかけ声をかけた時、
自分でも意外なほど、彼女の反応を気にしていることに気づいた。
ハンカチを渡したのも、
購買で声をかけたのも、
理由はいくらでも後づけできる。
でも結局、一番近いのは──
『放っておけなかった』
それだけだ。
表情が読めないと言われることは多い。
自分でも、感情を外に出すのは得意じゃない。
けれど、彼女も似ている気がした。
もう少し感情が顔に出れば、
困っていることも、
嫌なことも、
そうでないことも、
…………もっと知りたいのに。
きっかけは、フランスパンを咥えた衝突事故。
そう考えると、
妙に運命めいて感じてしまうのも事実で。
──そんなことを思っている時点で。
たぶん俺は、
もう苗字さんのことを「気になる相手」として認識しているのだろう。
※TVより
登校中異性と道でパンを加えてぶつかる確率。
0,0000373%らしいです。
