月島 年下の彼
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最近、仕事で帰りが遅くなる日が続いていた。
残業続きで、上司の機嫌も悪く、今日も叱られてばかり。
心も身体も、少し擦り切れていた。
今までもこういう時は、
"年上なんだから"と勝手に気を張っていた。
彼は学生で、部活や勉強で忙しい。
だから、寂しくても連絡は控えていた。
でも今日は──
どうしても、少しだけ甘えたかった。
ふと、スマホを手に取る。
送るまでに何度もためらって、ようやく通話ボタンを押した。
『今、時間大丈夫?』
『何? 珍しいじゃん。……何かあった?』
電話越しの声が、いつもの彼の声で。
それだけで、涙が出そうになった。
『…何も無い。ただ、ちょっと声聞きたかったって言ったら、ダメ?』
一瞬の沈黙のあと、
「ククッ」と笑う小さな音がした。
その余裕のある笑い方に少しムッとしたけど、
きっと今の彼は、あの優しい目で私を見ている。
そう思ったら、堰を切ったように涙がこぼれた。
『……ねぇ、明日仕事で早いってわかってるけど、会いたい。川のベンチに来て』
『これから?』
『うん。20分後ね。化粧落としてるよね? 夜だから誰も見てない。今から、待ってる』
──ツゥー。
通話が切れる音。
胸の奥がじんと温かくなった。
彼が待つその場所までの距離を思い浮かべながら、自転車を引っ張り出す。
夜風を切って、立ち漕ぎで進む。
気持ちばかりが焦って、
早く会いたくて、ペダルを踏む足が止まらない。
やがて、川沿いの灯りが見えてくる。
ベンチの前に、人影。
「遅い」
「なんで? 同じ距離くらいなのに」
少し不機嫌そうに言うその声が、懐かしい。
走ってベンチに座ると、息が上がって、額に汗が滲んでいた。
急いでいたのがバレるのが恥ずかしくて、髪を直すふりをしながら汗を拭う。
「ねぇ、蛍、綺麗じゃない?」
彼がそう言って前方を指す。
その先に、無数の光が揺れていた。
小さな蛍の群れが、風にのってふわりと舞っている。
言葉を失って、ただ見入る。
(……こんなに綺麗なのに、気づけなかった)
「口、開いてる」
「笑わないでよ」
「笑わないなら、どうする?」
その言葉と同時に、肩を引き寄せられた。
一瞬、息が止まる。
腕の中に閉じ込められて、彼の体温がすぐ近くにある。
「……汗の匂いがする」
その言葉に思わず身を引こうとすると、
「気にしない」と言うように、彼はさらに強く抱き寄せた。
「最近、忙しかったんだよね?」
低い声が耳元で落ちる。
「俺から連絡するのも気が引けてたから……でも、たまたま外を歩いてて。電話が来て、嬉しかった。
……この蛍、きっと一緒に見たら綺麗だろうなって思ったんだ」
彼の言葉はゆっくりで、ひとつひとつ噛みしめるように届いた。
"俺"というその響きが、いつもより近くて、胸が温かくなる。
普段は「僕」なのに、
こうして二人だけの時だけは「俺」と言う。
その小さな変化が、愛おしくてたまらなかった。
しばらく、蛍の光が流れる音だけがしていた。
やがて、彼が小さく息を吐いて立ち上がる。
「……じゃあ、そろそろ送るよ」
差し出された手。
夜の光に照らされて、少し白く見えた。
その手を取りながら、ぽつりと呟いた。
「蛍、ありがと」
彼が一瞬きょとんとしたあと、柔らかく笑った。
今まで茶化すように呼んでいた「ツッキー」じゃなくて、
初めて、彼の名前を呼んだ。
背後に広がる蛍の光が、二人の影をやさしく包んでいた。
この夜の光景を、
私はきっと、忘れないだろう。
