月島 年下の彼
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ここ三週間、仕事が忙しくて帰りが遅い日が続いていた。
新しいプロジェクトの締切も重なって、頭の中はいつも数字と資料でいっぱい。
机に向かう時間の方が、自分のために過ごす時間よりも長くなっていた。
彼と会っていない。
正確には、避けていたのかもしれない。
学生の彼と社会人の私。
誰にも理解されない関係だということは、わかってる。
だから最近は電話にも出なかった。
着信が光るたびに、胸が締めつけられるのに。
LINEには「今忙しいから」とだけ打って、またパソコンの画面に戻った。
──その繰り返し。
資料の束をめくっていると、玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だろうと思いながらドアを開けると、
そこに、彼が立っていた。
何も言わない。
ただ、静かに私の顔を見ていた。
「……とりあえず、中、入って」
掃除もろくにしていない部屋に人を入れるのは正直気が引けた。
でも、言い訳しなくてもこの散らかった部屋が、すべてを語っている気がした。
忙しかったことも、余裕がなかったことも。
彼は部屋を一度見渡して、小さくため息をついた。
散らばった書類や本を手に取って、片づけようとする。
「触らないで! それ、まだ使うの!」
声が思ったより強く出た。
自分でも驚くほど、尖っていた。
彼が少しだけ目を見開く。
その表情に、やっと気づいた。
ああ、私、いっぱいいっぱいだったんだなって。
「……ごめん。少し、頭冷やしてくる」
靴もまともに履かずに、逃げるように外に出た。
夜の空気はひんやりして、頬に刺さった。
公園のベンチに腰を下ろすと、ようやく呼吸が整う。
子供みたいな逃げ方をした自分に、情けなくて笑えてきた。
(本当は、優しくしてほしかっただけなのに)
空を見上げて、深呼吸をする。
その時だった。
背後から、聞き慣れた声が響いた。
「……スマホも財布も鍵持たないで、ちょっと無鉄砲すぎるんじゃないの?」
振り向くと、彼が息を切らして走ってきていた。
手には私のカーディガン。
彼の頬には汗が光っている。
「っていうか、何もかも一人で抱えすぎなの、わかってる? 本当に年上なの? 俺、そんなに頼りない?」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと掴まれる。
まっすぐな言葉が、刺さる。
彼の目は真剣で、少し怒っているようで、それでもどこか優しかった。
「……色々言わないでよ」
そう言った瞬間、こらえていた涙が一気にこぼれた。
頬が熱くて、喉の奥がつまって、もう何も言えなかった。
彼がゆっくりと近づいてきて、
「頼りないって、勝手に決めないでよ」
そう言いながら、そっと腕を広げた。
「愚痴くらい聞くし、泣きたい時はそばにいたいんだけど」
そのまま、抱きしめられた。
胸の中が温かくて、息をするたびに泣けてきた。
張りつめていた何かが、全部ほどけていくようだった。
どれくらい泣いていたんだろう。
落ち着いたころ、彼が小さく笑って「帰ろう」と言った。
差し出された手を取る。
その手が少し震えていたのを、きっと彼は気づかれたくなかったんだろう。
指先をつないで、並んで歩く帰り道。
街灯の光が、二人の影をゆっくりと重ねていく。
その瞬間、
「年上」とか「年下」とか、
そんな言葉はもう、どうでもよく思えた。
