月島 年下の彼
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あの日以来、ツッキーとは会っていなかった。
あの夜──抱きしめられた瞬間、何かが壊れてしまったように思った。
もう弟のように接することはできない。
だから、逃げた。
「職場が遠いから」と自分に言い訳をして、小さな1LDKのアパートに引っ越した。
静かで、少しだけ寂しい場所。
でも、ここなら彼と帰り道が重なることもない。
(もう、これでいいんだ……)
あれは、思春期の衝動。
年上への憧れみたいなもの。
そう自分に言い聞かせながら、夜遅くの帰り道を歩く。
マンションの前に着いたとき、ふと違和感を覚えた。
明かりの消えたエントランス前に、人影が一つ。
「……ツッキー?」
月島蛍が、そこにいた。
玄関の前、冷えたアスファルトの上に座っていて、こちらを見上げる。
夜風で髪が少し乱れていた。
「やっぱり帰り、遅いんだね」
久しぶりに聞く声。
どういう顔をしていいのか、わからなかった。
懐かしいような、怖いような。
「こんな時間にどうしたの? 部活帰りにしては遅すぎるんじゃない?」
精一杯、大人のふりをして声を出す。
心臓の音がうるさくて、自分の声が震えているのがわかった。
彼は、まっすぐな目でこちらを見上げたまま言った。
「おばさんから聞いた、住所。……俺、いつも待ってたんだけど」
その一言で、息が詰まる。
あの帰り道、何度も顔を合わせたのは──やっぱり偶然なんかじゃなかったんだ。
"待ってた"
その言葉が、思いのほか胸に刺さった。
嬉しくて、でも怖くて。
だから、笑ってごまかす。
「お母さんったら、なんで住所教えちゃうんだろう。……今ね、彼と同棲しててラブラブなの。だからツッキーと一緒にいるとこ見られると変な感じになるから、待ってられても困るんだよね」
自分でもわかる。
早口で、噛み合わない言葉。
本当はそんな人、もういないのに。
彼を見ないようにして、肩を押して通り抜ける。
「なにか用事あったらLINEしてね」
それだけ言って、鍵を開けて、すぐにドアを閉めた。
金属の音がやけに響く。
ドアの向こう側に、まだ彼の気配がある気がして、しばらく動けなかった。
(……これでいい。これでいいんだ)
深呼吸して、靴を脱ぎかけたとき、スマホが震えた。
画面には彼の名前。
メッセージが一つ。
『元彼とより戻したの? 俺のことは男としては見れない?』
指先が止まる。
返事を打とうとしたけれど、何も言葉が出てこなかった。
その時、ドアの向こうから彼の声が聞こえた。
「もし俺のこと、少しでも男として見れるなら……ドア開けて」
息が詰まる。
時間の感覚がなくなっていく。
時計の針の音だけがやけに大きく響いて、胸の奥をかき乱す。
……どれくらい、そうしていたんだろう。
もういないだろうと思って、ほんの少しだけ期待して──ドアノブに手をかけた。
鍵が開く音。
静かな空気。
そこに、まだ彼が立っていた。
夜の街灯に照らされた彼は、もう"弟"ではなかった。
低くなった声で、真っ直ぐに言う。
「俺、何年越しに片思いしてたかわかる? 一晩は覚悟してたのに……思ったよりも早くドア、開けてくれたね」
その笑みを見た瞬間、胸の奥がじんと熱くなった。
ずっと子供だと思っていた彼が、
いつの間にか、"自分を見つめ返す男"になっていた。
何も言えないまま、視線を逸らした。
でも、その頬が熱くなる感覚だけは、
もう誤魔化せなかった。
