5 冬
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
流石に友達と別れてまで追いかけて、一緒に文化祭を回ろうなんて厚かましすぎる。
少しでも話せたんだから十分だ。そう自分に言い聞かせて、私は友達と一緒に文化祭を回ることにした。
しばらく歩いていると、どこか困った様子の二人組が目に入る。
見覚えがあった。
白鳥沢高校の制服。
確かさっきクラスの喫茶店に来ていた二人だ。通り過ぎようとした時、会話が耳に入った。
「いつなくしたんだよ?」
「覚えてない。でも喫茶店やってる所ではあった気がするんだけど……」
喫茶店。
それって、うちのクラスのことだろうか。
お節介かもしれない。でも聞いてしまった以上、放っておけなかった。
「あの!」
声をかけると、二人がこちらを見る。
「さっきうちのクラスで珈琲とメロンソーダ頼まれた方ですよね?何かなくしたんですか?」
二人の視線がじっと向けられる。
……しまった。
不審者みたいだったかもしれない。
向こうからしたら接客した私のことなんて覚えていないだろうし。
少し後悔しかけた時だった。
「ニャンコ店員さん。」
覚えてた。
でもニャンコ店員はやめてほしい。
横で友達まで「この子ニャンコ店員してました」と追い打ちをかけてくる。
いたたまれないです。
「キーホルダー無くして。チェーンだけ残ってて、本体が取れちゃったみたいで。」
「ああ……」
もしかしたらクラスの落とし物にあるかもしれない。
「ちょっと戻って聞いてきます!」
そう言って友達に「先回っててー!」と手を振り、そのまま走り出した。
ソフトボール部をなめてもらっては困る。
体力だけじゃない。 脚力にも自信はある。
勢いよく教室へ戻り、落とし物がないか聞いてみたものの、返ってきた答えは「無い」。
そこで初めて気付いた。
どんなキーホルダーなのか聞いてない。
完全に先走ってた。
慌てて戻り、落とし物が無かったことを伝えながら特徴を聞く。
「猫のやつ。目がキマったまま一心不乱に爪とぎしてる。」
「……は?」
何それ。
全然想像できない。
でも本人は真面目だ。
きっと珍しいキーホルダーなんだろう。
「一応、明日学校の落とし物も見てみますね。あったら日向くんに伝えておきます。」
「ありがとう。でもキーホルダーだし、別に大丈夫。」
そう言う割には探している。
大丈夫ではない気がする。
「でも俺、10番の子の連絡先知らないから。」
そう言われて、連絡先を交換することになった。
その瞬間、隣にいたもう一人が小さく舌打ちをする。
怖い。
私、何かやらかした?
「ナンパかよ……」
小声で聞こえた言葉に首を傾げる。
え、私が?
日向くん経由で連絡するのが面倒だから交換しただけなんだけど。
すると当の本人が、相変わらず無表情のまま言った。
「ナンパ成功。」
声は冗談っぽいのに、顔が全然笑っていない。
認識がバグる。
男子の会話、よく分からない。
翌日。
職員室前の落とし物ボックスを覗くと、それはあっさり見つかった。
一心不乱に爪とぎをしているのに、どこを見ているのか分からない顔の猫。
本当にあった。
猫を飼ったことはないけれど、これが猫あるあるなんだろうか。
世の中には変なキーホルダーもあるし、それを大事にしている人もいるらしい。
とりあえず写真を撮って連絡を入れる。
すぐに返信が返ってきた。
『マジで?🙃 嬉し〜🥰 良かった〜』
文面が軽いし可愛らしい。
これをあの無表情で打っていると思うと、なんだか笑えてくる。
『白鳥沢の校門前まで持って行きますね』
そう送ると、『部活終わるの遅いから、二週間後の日曜どう? 午後なら空いてる』という返事が来た。
その日は白鳥沢も午後休みらしい。
私も特に予定はなかったので了承する。
わざわざ休みの日に取りに来るくらいだ。
やっぱり、あのキーホルダーは大事なものだったのかもしれない。
待ち合わせ場所の駅に着き、改札へ向かう。
人混みの中を歩いていると、ふと目が合った。背が高いと待ち合わせ相手を見つけるのも早いんだな、と妙なところで感心する。
私は軽く会釈をしてバッグからキーホルダーを取り出した。
「これです。」
差し出すと、川西さんはそれを受けとった。
「ありがとう。」
本当に安心したような声だった。
やっぱり大事なものだったんだろう。
無事に渡せたし、せっかく駅まで来たから買い物でもして帰ろう。
そう思って「それでは」と頭を下げ、歩き出そうとした瞬間だった。
手首を軽く掴まれる。
振り返ると、川西さんが首の後ろに手を当てながら視線を逸らしていた。
「手間取らせたし……お礼したいんだけど。」
なんだろう。
……首が痛いのかな。
身長が高いとそういう弊害でもあるんだろうか。
「お気になさらずに。」
そう返しても手は離れない。
私がお節介で首を突っ込んだだけだと思っていたけれど、思った以上に大切なキーホルダーだったのかもしれない。
「お礼させて。お願い。」
表情はほとんど変わらない。
でも声だけは妙に真剣だった。
そこまで言われると断る方が失礼な気がしてしまう。
「わかりました。」
「やった〜。」
冗談みたいな声が返ってくる。
なのに顔は無表情のまま。
……やっぱりこの人、よく分からない。
「お昼前だし、ご飯食べよっか。奢るし。」
「はい!」
「嫌いなものある? パスタとかどうかな。」
「パスタ?」
「嫌いだった?」
「いえ、嫌いじゃないです。」
「ほんとに?」
嫌いじゃない。
でも正直に言うと、今日の私は別のものを食べる気満々だった。
駅前に最近できた、大きなハンバーガーが有名な店。
せっかく来たから一人で行こうと思っていた。
たぶん、それが顔に出ていた。
「あの……駅前のハンバーガーのお店に行きたくて。」
「ハンバーガー?」
「奢りじゃなくても大丈夫なんですけど……」
「いや、奢るし。」
そう言った後、小さく何かを呟く。
「女子にハンバーガー勧めるなって言われたのに……」
聞き取れなくて首を傾げると、川西さんは誤魔化すように歩き出した。
最近できた大型ハンバーガーチェーン。ずっと前から気になっていた。
でも普通のハンバーガー店より高いから、お小遣いと相談していたのだ。
遠慮なく一番食べたかったものを注文する。
そして一口。
美味しい。
肉の旨味が口いっぱいに広がる。
幸せだ。
夢中で食べていると、向かい側から視線を感じた。
川西さんがじっとこちらを見ている。
(川西さんももっと食べればいいのに)
そう思うくらいには見られていた。
時々スマホを触っているから、誰かと連絡も取っているらしい。
部活関係なのかな?
食べ終わり、手を合わせる。
「ご馳走さまでした。」
帰ろうとしたのに「買い物付き合って。」と引き止められた。
案内されたのは服屋だった。
可愛い系の店。
次は少し大人っぽい店。
また別の店。
彼女へのプレゼントでも探しているのかと思った。
聞いてみると違うらしい。
「自分用ですか?」
そう言った瞬間、川西さんが吹き出した。
ちゃんと笑うんだ。
表情が変わるんだ。
変なところで感動してしまう。
歩きながら話しているうちに、川西さんには姉がいて昔から買い物に付き合わされていたことを知った。
「だから女の子ってパスタ好きで服見るの好きなんだと思ってた。」
そう言われる。
なるほど。
だから最初にパスタだったのか。
少し納得した。
会話は楽しい。
でもどこか掴みどころがない。
何を考えているのか分からない。
それなのに、もう少し知りたいと思ってしまう。
帰り際、駅の改札前で紙袋を差し出された。
「これ。」
「え?」
「店見てた時、似合いそうだなって思ったから。」
少しだけ視線を逸らして続ける。
「お礼。だから気にしないで。」
受け取ると、川西さんの表情がほんの少しだけ和らいだ気がした。
改札を通る前、彼が聞く。
「またメールしてもいい?」
「はい。」
頷くと川西さんも小さく頷いた。
私は手を振り返しそのまま電車へ乗り込んだ。
キーホルダーを届けた時点で、もう会うことはないと思っていた。
白鳥沢は全国レベルの強豪校だ。
川西さんも寮生活をしているし、おそらくスポーツ推薦で入学しているはず。部活で忙しくて、連絡なんてそのうち途絶えると思っていた。
なのに。
メールは意外なくらい頻繁に届いた。
しかも文面が軽い。
冗談ばかりで、絵文字も多い。
実際に会うとほとんど表情が変わらないのに、メールだと別人みたいだった。
『今日の練習しんどかった🙃』
『監督怖い🥲』
そんな内容が来たかと思えば、
『○○ちゃんと会いたい』
なんて返事に困るものが突然送られてくる。
慌てて返信を考えていると、
『ごめん。本心だけど今は違う。』と追いメール。
意味が分からない。
二重人格なんだろうか。
まあ面白いからいいんだけど。
わざわざ突っ込む気にもならなかった。
気付けば私も高校二年生になっていた。
部活は相変わらず楽しい。
お風呂上がりにストレッチをしていると、スマホが震える。
川西さんからだった。
『インターハイは全国行けなかったけど、春高は行くから。』
その文章を見て少しだけ迷う。
同じ高校ではないし、ライバル校の選手を応援するのも変な気がする。
それでも。
『頑張ってください。』 そう返した。
連絡先を交換してから、もうすぐ一年になる。
冷静に考えれば不思議だった。
会ったのはたった一度。
それなのに今でもこうして連絡を取り続けている。
変な関係だなと思う。
でも嫌ではなかった。
十一月の終わり。
スマホに短いメッセージが届いた。
『春高行けなかった。』
その一文だけで、少し胸が重くなる。
強豪校でも県代表になるのは難しいらしい。
でも正直、川西さんは推薦で進学するものだと思っていた。
続けて送られてきたメッセージを見る。
『推薦取れなかったからこれから受験。厳しい🙃』
絵文字の使い方が相変わらずだった。
本当に落ち込んでいるのかどうかも分からない。
興味本位で志望校を聞くと、思った以上に偏差値の高い大学の名前が返ってきた。
部活中心の生活だったはずなのに。
そんな大学を目指していることに驚く。
そして卒業式が終わり、春休み。
スマホが震えた。
『浪人決定🤣』
思わず吹き出してしまう。
いや、笑い事じゃないはずなのに。
どうしてこの人は落ち込んでいる時ほど文面が軽いんだろう。
気を遣わせないためなのか。
それとも元々こういう性格なのか。
少し悩みながら慰めの言葉を送る。
すると返信はすぐだった。
『慰めて。』
そして続けて、
『一日デートしてほしい。』
画面を見つめたまま固まる。
デート?
私と?
川西さんは背も高いし、強豪校のスタメンだったし、勉強もできる。
普通にモテそうなのに。
それに私たちはほとんどメル友みたいな関係だ。
なのに「デート」という言葉をあまりにも軽く使う。
冗談なのか本気なのか分からない。
でも。
こうして一年近くやり取りを続けてきたのも何かの縁だと思った。
『いいですよ。』
私もなるべく軽い調子で返信を送る。
送信完了の画面を見ながら、少しだけ笑った。
指定された待ち合わせ場所は、一年前と同じ駅だった。
改札を抜けると、すぐに姿を見つける。
やっぱり背が高いと分かりやすい。
「お待たせしました!」
駆け寄ると、川西さんは小さく首を振った。
「待ってないよ。」
それだけ言って歩き出す。
デートと言われた時はどうしようかと思ったけれど、行き先は決まっていたらしい。
私は大人しく後ろをついていく。
連れて行かれたのは、一年前と同じハンバーガー店だった。
もしかして好きなんだろうか。
そんなことを思いながら席に着く。
食事をしながら話すのは、この一年の近況だった。彼はポテトをつまみながら話す。
「スポーツ推薦も考えてはいたんだけど。バレーだけに絞るのも怖かったんだよね。でも受験勉強始めるの遅くて。」
何と返せばいいのか分からない。
慰めてほしいわけでもなさそうだし、落ち込んでいるようにも見えない。
少し考えてから口を開く。
「じゃあ私が大学に入ったら同級生ですね。」
すると川西さんが少しだけ笑った。
「それならいっか。」
そして小さく続ける。
「後輩にならないように頑張らないと。」
そんなやり取りをしながら街を歩く。
気になる店を覗いて、服を見て、雑貨を見て。
……相変わらず川西さんは何を考えているのか分からない。
楽しんでいるのかどうかも表情からは読み取れない。
でも私は楽しかった。
だからきっと、それで十分だった。
気付けば空はオレンジ色に染まり始めていた。
そろそろ帰る時間。
そう思いながら駅へ向かっていると、途中で川西さんが足を止めた。
路地裏に置かれたベンチを指差す。
「少し座ろう。」
言われるまま腰を下ろす。
すると川西さんがぽつりと聞いた。
「今日、楽しかった?」
唐突な質問だったけど頷く。
「デートって言われた時は緊張したんですけど、一年前も似たような感じでしたし。」
そう言うと、川西さんがこちらを見る。
「一年前もデートだったよね。」
「え?」
思わず聞き返す。
「一年前は、お礼だって言われてましたよね?」
返事はない。
ただじっと見つめられる。
揶揄われているのかと思ったけれど、違う気もする。
沈黙が長い。
どう反応すれば正解なのか分からない。
「俺のこと、メル友くらいに思ってる?」
不意にそんなことを聞かれる。
「先輩ですし……友達って言うのもおこがましいです。」
そう答えると
「そっか。」と小さくな声で返された。
また沈黙。
けれど今度は少し違った。
何かを言おうとしている空気。
何かを決めた人の空気。
胸が少しだけ騒ぎ始める。
もしかして。
いや、でも。
そんなわけ──
「好き。」
静かな声だった。
「ずっと。」
自分の心臓の音がうるさい。
「俺、ずっとドキドキしながら連絡してた。」
言葉が続く。
「一年経っても変わらなかった。」
ゆっくり視線を向ける。
川西さんは下を向いていた。
耳まで赤い。
唇を噛んでいる。
いつもみたいな無表情じゃない。
「今も俺、心臓痛いくらいバクバクしてる。」
冗談じゃない。
揶揄っているわけでもない。
ちゃんと、本気で伝えてくれている。
だから。
私も答えなければいけない。
自分の気持ちを。
【選択してください】
・告白を受け入れる →その後7、⑦へ
・告白を受け入れない →その後7、⑧へ
少しでも話せたんだから十分だ。そう自分に言い聞かせて、私は友達と一緒に文化祭を回ることにした。
しばらく歩いていると、どこか困った様子の二人組が目に入る。
見覚えがあった。
白鳥沢高校の制服。
確かさっきクラスの喫茶店に来ていた二人だ。通り過ぎようとした時、会話が耳に入った。
「いつなくしたんだよ?」
「覚えてない。でも喫茶店やってる所ではあった気がするんだけど……」
喫茶店。
それって、うちのクラスのことだろうか。
お節介かもしれない。でも聞いてしまった以上、放っておけなかった。
「あの!」
声をかけると、二人がこちらを見る。
「さっきうちのクラスで珈琲とメロンソーダ頼まれた方ですよね?何かなくしたんですか?」
二人の視線がじっと向けられる。
……しまった。
不審者みたいだったかもしれない。
向こうからしたら接客した私のことなんて覚えていないだろうし。
少し後悔しかけた時だった。
「ニャンコ店員さん。」
覚えてた。
でもニャンコ店員はやめてほしい。
横で友達まで「この子ニャンコ店員してました」と追い打ちをかけてくる。
いたたまれないです。
「キーホルダー無くして。チェーンだけ残ってて、本体が取れちゃったみたいで。」
「ああ……」
もしかしたらクラスの落とし物にあるかもしれない。
「ちょっと戻って聞いてきます!」
そう言って友達に「先回っててー!」と手を振り、そのまま走り出した。
ソフトボール部をなめてもらっては困る。
体力だけじゃない。 脚力にも自信はある。
勢いよく教室へ戻り、落とし物がないか聞いてみたものの、返ってきた答えは「無い」。
そこで初めて気付いた。
どんなキーホルダーなのか聞いてない。
完全に先走ってた。
慌てて戻り、落とし物が無かったことを伝えながら特徴を聞く。
「猫のやつ。目がキマったまま一心不乱に爪とぎしてる。」
「……は?」
何それ。
全然想像できない。
でも本人は真面目だ。
きっと珍しいキーホルダーなんだろう。
「一応、明日学校の落とし物も見てみますね。あったら日向くんに伝えておきます。」
「ありがとう。でもキーホルダーだし、別に大丈夫。」
そう言う割には探している。
大丈夫ではない気がする。
「でも俺、10番の子の連絡先知らないから。」
そう言われて、連絡先を交換することになった。
その瞬間、隣にいたもう一人が小さく舌打ちをする。
怖い。
私、何かやらかした?
「ナンパかよ……」
小声で聞こえた言葉に首を傾げる。
え、私が?
日向くん経由で連絡するのが面倒だから交換しただけなんだけど。
すると当の本人が、相変わらず無表情のまま言った。
「ナンパ成功。」
声は冗談っぽいのに、顔が全然笑っていない。
認識がバグる。
男子の会話、よく分からない。
翌日。
職員室前の落とし物ボックスを覗くと、それはあっさり見つかった。
一心不乱に爪とぎをしているのに、どこを見ているのか分からない顔の猫。
本当にあった。
猫を飼ったことはないけれど、これが猫あるあるなんだろうか。
世の中には変なキーホルダーもあるし、それを大事にしている人もいるらしい。
とりあえず写真を撮って連絡を入れる。
すぐに返信が返ってきた。
『マジで?🙃 嬉し〜🥰 良かった〜』
文面が軽いし可愛らしい。
これをあの無表情で打っていると思うと、なんだか笑えてくる。
『白鳥沢の校門前まで持って行きますね』
そう送ると、『部活終わるの遅いから、二週間後の日曜どう? 午後なら空いてる』という返事が来た。
その日は白鳥沢も午後休みらしい。
私も特に予定はなかったので了承する。
わざわざ休みの日に取りに来るくらいだ。
やっぱり、あのキーホルダーは大事なものだったのかもしれない。
待ち合わせ場所の駅に着き、改札へ向かう。
人混みの中を歩いていると、ふと目が合った。背が高いと待ち合わせ相手を見つけるのも早いんだな、と妙なところで感心する。
私は軽く会釈をしてバッグからキーホルダーを取り出した。
「これです。」
差し出すと、川西さんはそれを受けとった。
「ありがとう。」
本当に安心したような声だった。
やっぱり大事なものだったんだろう。
無事に渡せたし、せっかく駅まで来たから買い物でもして帰ろう。
そう思って「それでは」と頭を下げ、歩き出そうとした瞬間だった。
手首を軽く掴まれる。
振り返ると、川西さんが首の後ろに手を当てながら視線を逸らしていた。
「手間取らせたし……お礼したいんだけど。」
なんだろう。
……首が痛いのかな。
身長が高いとそういう弊害でもあるんだろうか。
「お気になさらずに。」
そう返しても手は離れない。
私がお節介で首を突っ込んだだけだと思っていたけれど、思った以上に大切なキーホルダーだったのかもしれない。
「お礼させて。お願い。」
表情はほとんど変わらない。
でも声だけは妙に真剣だった。
そこまで言われると断る方が失礼な気がしてしまう。
「わかりました。」
「やった〜。」
冗談みたいな声が返ってくる。
なのに顔は無表情のまま。
……やっぱりこの人、よく分からない。
「お昼前だし、ご飯食べよっか。奢るし。」
「はい!」
「嫌いなものある? パスタとかどうかな。」
「パスタ?」
「嫌いだった?」
「いえ、嫌いじゃないです。」
「ほんとに?」
嫌いじゃない。
でも正直に言うと、今日の私は別のものを食べる気満々だった。
駅前に最近できた、大きなハンバーガーが有名な店。
せっかく来たから一人で行こうと思っていた。
たぶん、それが顔に出ていた。
「あの……駅前のハンバーガーのお店に行きたくて。」
「ハンバーガー?」
「奢りじゃなくても大丈夫なんですけど……」
「いや、奢るし。」
そう言った後、小さく何かを呟く。
「女子にハンバーガー勧めるなって言われたのに……」
聞き取れなくて首を傾げると、川西さんは誤魔化すように歩き出した。
最近できた大型ハンバーガーチェーン。ずっと前から気になっていた。
でも普通のハンバーガー店より高いから、お小遣いと相談していたのだ。
遠慮なく一番食べたかったものを注文する。
そして一口。
美味しい。
肉の旨味が口いっぱいに広がる。
幸せだ。
夢中で食べていると、向かい側から視線を感じた。
川西さんがじっとこちらを見ている。
(川西さんももっと食べればいいのに)
そう思うくらいには見られていた。
時々スマホを触っているから、誰かと連絡も取っているらしい。
部活関係なのかな?
食べ終わり、手を合わせる。
「ご馳走さまでした。」
帰ろうとしたのに「買い物付き合って。」と引き止められた。
案内されたのは服屋だった。
可愛い系の店。
次は少し大人っぽい店。
また別の店。
彼女へのプレゼントでも探しているのかと思った。
聞いてみると違うらしい。
「自分用ですか?」
そう言った瞬間、川西さんが吹き出した。
ちゃんと笑うんだ。
表情が変わるんだ。
変なところで感動してしまう。
歩きながら話しているうちに、川西さんには姉がいて昔から買い物に付き合わされていたことを知った。
「だから女の子ってパスタ好きで服見るの好きなんだと思ってた。」
そう言われる。
なるほど。
だから最初にパスタだったのか。
少し納得した。
会話は楽しい。
でもどこか掴みどころがない。
何を考えているのか分からない。
それなのに、もう少し知りたいと思ってしまう。
帰り際、駅の改札前で紙袋を差し出された。
「これ。」
「え?」
「店見てた時、似合いそうだなって思ったから。」
少しだけ視線を逸らして続ける。
「お礼。だから気にしないで。」
受け取ると、川西さんの表情がほんの少しだけ和らいだ気がした。
改札を通る前、彼が聞く。
「またメールしてもいい?」
「はい。」
頷くと川西さんも小さく頷いた。
私は手を振り返しそのまま電車へ乗り込んだ。
キーホルダーを届けた時点で、もう会うことはないと思っていた。
白鳥沢は全国レベルの強豪校だ。
川西さんも寮生活をしているし、おそらくスポーツ推薦で入学しているはず。部活で忙しくて、連絡なんてそのうち途絶えると思っていた。
なのに。
メールは意外なくらい頻繁に届いた。
しかも文面が軽い。
冗談ばかりで、絵文字も多い。
実際に会うとほとんど表情が変わらないのに、メールだと別人みたいだった。
『今日の練習しんどかった🙃』
『監督怖い🥲』
そんな内容が来たかと思えば、
『○○ちゃんと会いたい』
なんて返事に困るものが突然送られてくる。
慌てて返信を考えていると、
『ごめん。本心だけど今は違う。』と追いメール。
意味が分からない。
二重人格なんだろうか。
まあ面白いからいいんだけど。
わざわざ突っ込む気にもならなかった。
気付けば私も高校二年生になっていた。
部活は相変わらず楽しい。
お風呂上がりにストレッチをしていると、スマホが震える。
川西さんからだった。
『インターハイは全国行けなかったけど、春高は行くから。』
その文章を見て少しだけ迷う。
同じ高校ではないし、ライバル校の選手を応援するのも変な気がする。
それでも。
『頑張ってください。』 そう返した。
連絡先を交換してから、もうすぐ一年になる。
冷静に考えれば不思議だった。
会ったのはたった一度。
それなのに今でもこうして連絡を取り続けている。
変な関係だなと思う。
でも嫌ではなかった。
十一月の終わり。
スマホに短いメッセージが届いた。
『春高行けなかった。』
その一文だけで、少し胸が重くなる。
強豪校でも県代表になるのは難しいらしい。
でも正直、川西さんは推薦で進学するものだと思っていた。
続けて送られてきたメッセージを見る。
『推薦取れなかったからこれから受験。厳しい🙃』
絵文字の使い方が相変わらずだった。
本当に落ち込んでいるのかどうかも分からない。
興味本位で志望校を聞くと、思った以上に偏差値の高い大学の名前が返ってきた。
部活中心の生活だったはずなのに。
そんな大学を目指していることに驚く。
そして卒業式が終わり、春休み。
スマホが震えた。
『浪人決定🤣』
思わず吹き出してしまう。
いや、笑い事じゃないはずなのに。
どうしてこの人は落ち込んでいる時ほど文面が軽いんだろう。
気を遣わせないためなのか。
それとも元々こういう性格なのか。
少し悩みながら慰めの言葉を送る。
すると返信はすぐだった。
『慰めて。』
そして続けて、
『一日デートしてほしい。』
画面を見つめたまま固まる。
デート?
私と?
川西さんは背も高いし、強豪校のスタメンだったし、勉強もできる。
普通にモテそうなのに。
それに私たちはほとんどメル友みたいな関係だ。
なのに「デート」という言葉をあまりにも軽く使う。
冗談なのか本気なのか分からない。
でも。
こうして一年近くやり取りを続けてきたのも何かの縁だと思った。
『いいですよ。』
私もなるべく軽い調子で返信を送る。
送信完了の画面を見ながら、少しだけ笑った。
指定された待ち合わせ場所は、一年前と同じ駅だった。
改札を抜けると、すぐに姿を見つける。
やっぱり背が高いと分かりやすい。
「お待たせしました!」
駆け寄ると、川西さんは小さく首を振った。
「待ってないよ。」
それだけ言って歩き出す。
デートと言われた時はどうしようかと思ったけれど、行き先は決まっていたらしい。
私は大人しく後ろをついていく。
連れて行かれたのは、一年前と同じハンバーガー店だった。
もしかして好きなんだろうか。
そんなことを思いながら席に着く。
食事をしながら話すのは、この一年の近況だった。彼はポテトをつまみながら話す。
「スポーツ推薦も考えてはいたんだけど。バレーだけに絞るのも怖かったんだよね。でも受験勉強始めるの遅くて。」
何と返せばいいのか分からない。
慰めてほしいわけでもなさそうだし、落ち込んでいるようにも見えない。
少し考えてから口を開く。
「じゃあ私が大学に入ったら同級生ですね。」
すると川西さんが少しだけ笑った。
「それならいっか。」
そして小さく続ける。
「後輩にならないように頑張らないと。」
そんなやり取りをしながら街を歩く。
気になる店を覗いて、服を見て、雑貨を見て。
……相変わらず川西さんは何を考えているのか分からない。
楽しんでいるのかどうかも表情からは読み取れない。
でも私は楽しかった。
だからきっと、それで十分だった。
気付けば空はオレンジ色に染まり始めていた。
そろそろ帰る時間。
そう思いながら駅へ向かっていると、途中で川西さんが足を止めた。
路地裏に置かれたベンチを指差す。
「少し座ろう。」
言われるまま腰を下ろす。
すると川西さんがぽつりと聞いた。
「今日、楽しかった?」
唐突な質問だったけど頷く。
「デートって言われた時は緊張したんですけど、一年前も似たような感じでしたし。」
そう言うと、川西さんがこちらを見る。
「一年前もデートだったよね。」
「え?」
思わず聞き返す。
「一年前は、お礼だって言われてましたよね?」
返事はない。
ただじっと見つめられる。
揶揄われているのかと思ったけれど、違う気もする。
沈黙が長い。
どう反応すれば正解なのか分からない。
「俺のこと、メル友くらいに思ってる?」
不意にそんなことを聞かれる。
「先輩ですし……友達って言うのもおこがましいです。」
そう答えると
「そっか。」と小さくな声で返された。
また沈黙。
けれど今度は少し違った。
何かを言おうとしている空気。
何かを決めた人の空気。
胸が少しだけ騒ぎ始める。
もしかして。
いや、でも。
そんなわけ──
「好き。」
静かな声だった。
「ずっと。」
自分の心臓の音がうるさい。
「俺、ずっとドキドキしながら連絡してた。」
言葉が続く。
「一年経っても変わらなかった。」
ゆっくり視線を向ける。
川西さんは下を向いていた。
耳まで赤い。
唇を噛んでいる。
いつもみたいな無表情じゃない。
「今も俺、心臓痛いくらいバクバクしてる。」
冗談じゃない。
揶揄っているわけでもない。
ちゃんと、本気で伝えてくれている。
だから。
私も答えなければいけない。
自分の気持ちを。
【選択してください】
・告白を受け入れる →その後7、⑦へ
・告白を受け入れない →その後7、⑧へ
