7 その後
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日向くんからの告白。
ちゃんと答えないといけないって思いながら、一緒にいた時のことを思い返す。
一緒にいるのは楽しかった。
バレーの話をしてる日向くんを見るのも好きだったし、試合を見てるのも楽しかった。
一緒に帰る時間も、なんでもない会話も好きだった。
でも──
それは恋愛とは少し違う気がした。
胸が苦しくなるとか、触れたいとか。
そういう好きとは違う。
「告白されたの、嬉しい。でも……私は日向くんのこと、友達として好きなんだと思う」
言葉を選びながら伝えると、日向くんは少しだけ目を丸くして、それから頷いた。
「そっか」
「うん」
「……気持ちを伝えたかっただけなんだ」
笑おうとしてるのがわかる。
でも、少しだけ声が掠れていた。
その空気に胸がきゅっとなる。
これで良かったのかな。
ちゃんと答えたかった。でも、これっきり話せなくなるのは嫌だった。
沈黙が怖くて、慌てるみたいに言葉を続ける。
「すっごいわがまま言ってもいい?」
日向くんが顔を上げる。
「日向くんと話すの、すごく楽しいんだ。だから……これからも友達でいたい。だめかな」
少しだけ間があって、それから。
「うん! 俺も嬉しい!!」
ほとんど即答だった。
その返事に、張っていた緊張が一気に抜ける。
「良かったぁ……」
思わずその場に座り込むと、「えっ、大丈夫!?」って慌てた日向くんもしゃがみ込んだ。
目が合う。
なんだか恥ずかしくなって、誤魔化すように立ち上がった私は、そのまま手を差し出した。
「これからも友達でお願いします、ってことで握手」
そう言うと、日向くんは一瞬だけその手を見つめて、それからぎゅっと握り返してくれた。
「よろしく!」
ぶんぶんと上下に振られる手に思わず笑ってしまう。
……日向くんの顔がすごく赤いこととか。
握ってる手が少し震えてたこととか。
気づかないふりをした。
私だったら、こんなにすぐ気持ちを切り替えられない。
それでも。
私の返事を受け止めて、友達でいようとしてくれる日向くんが嬉しかった。
ありがたいって、思った。
2年生になって日向くんとはクラスが離れた。でも廊下で会ったら話すし、たまに一緒に帰ったりした。
3年になって進路の話をした時、日向くんは進学も就職もしないでブラジルに行くって聞いた。みんなが進む普通の進路とは全然違っていて驚いた。
でも、それ以上に。
好きの原動力って、本当に凄いんだって思った。
自分が少し恥ずかしくなった。
周りから言われた通りに進学しようとしていた自分が。
それをそのまま日向くんに話すと、彼はあっけらかんと笑った。
「それもいいと思うよ」
「1番好きがまだ見つかってない人もいるし。好きなこと続けるためにお金稼ぐのも大事だし」
本当に、日向くんは日向くんだ。
真っ直ぐで。
迷いがなくて。
一緒にいると、自分が何者にもなれてない気がして少し苦しくなるのに。
その苦しさが嫌じゃなかった。
大学に進学してから、私は演劇サークルに入った。文化祭で劇をやった時の楽しさが忘れられなかったから。
でも、続けていくうちにわかった。
私は演劇が好きだけど、これで生きていきたいわけじゃない。
才能がないとか諦めた訳じゃなくて。
趣味だから楽しいって気持ちが強かった。
だから就職は、安定していて定時で帰れそうな公務員を選んだ。
演劇を続けるために。
だけど実際に働き始めると、公務員も意外と忙しかった。残業もあるし、理不尽なこともある。
それでも友達の話を聞いてるとまだマシなのかなって思う。それに、高校の時に部活で体力がついたせいか、案外なんとかなっていた。
仕事終わりにサークルへ向かう日々。
疲れてるはずなのに、台本を読む時間は好きだった。
ある日、退勤のチャイムが鳴って急いで着替え、台本を読みながらビルを出た時。
前を歩いていた人にぶつかった。
「あっ、ごめんなさい!」
慌ててしゃがむと、散らばった台本を拾ってくれた人がいた。
「大丈夫?」
顔を上げると、隣の部署の人だった。
背が高くて、仕事も出来るらしくて、社内でかっこいいって話題になってる人。
スーツ姿しか見たことなかったけど、その日は私服で。
しかも背中にはギターケース。
……私服、ちょっとダサいかも。
そんな失礼なことを考えてしまった。
「演劇やってるの?」
拾った台本を見ながら聞かれて、頷く。
「そっちは音楽ですか?」
ギターケースを指差すと、少し気まずそうに笑った。
「好きなことやるために、安定した職場選んだ感じ」
その言葉に、なんだか親近感が湧いた。
好きなことは好き。
でも、それだけじゃ生きていけない。
だから生活を選んで、その中で好きなものを続けてる。
その感覚が、少し似ている気がした。
それから、ロビーで会った時に少し話すようになった。
好きな音楽の話。
演劇の話。
仕事の愚痴。
少しずつ、少しずつ。
気づけば、彼と話す時間が楽しみになっていた。
退勤時間が重なると少し嬉しくて。
今日は会えるかなって思ってる自分がいた。
だからある日、勇気を出して言った。
「今度のライブ、行ってみたいです」
すると彼は驚いたあと、少し照れたみたいに笑って。
「じゃあ、その代わり演劇も見に行っていい?」
なんて言うから。
「もちろんです」
そう答えた。
ライブハウスで見る彼は、職場で見る姿とは全然違った。
演劇を観に来た彼は、終わったあと真っ先に感想をくれた。
好きなものを楽しそうに語る顔が好きだった。
きっと。
恋って、こうやって始まるんだと思った。
高校生の頃みたいに、一瞬で胸が熱くなる感じじゃなくて。
隣にいる時間が心地いいとか。
この人ともっと話したいとか。
そんな風に、少しずつ。
気づいたら、付き合うようになっていた。
「こないだのライブ良かったけど、次の箱大きいでしょ?埋まるの?」
リビングで台本を片手にそう聞くと、ソファに寝転がっていた英太くんがちらりっとこっちを見る。
「何? 嫉妬? 会場埋まらない嫉妬ぶつけられてる?」
「違うし!」
笑いながら台本をテーブルに置く。ちょうど区切りもよかったし、キッチンへ向かってコーヒーを淹れる。
公務員は副業の制限があるから、演劇は今も趣味の延長。でも、英太くんのバンドは少しずつ大きくなっている。
ライブハウスの名前も、前より広いところが増えた。
それが嬉しくて。
でも少しだけ、遠くなるみたいで落ち着かない。
マグカップを持って戻ると、ソファに置かれたスポーツ雑誌が目に入る。
開いたページには、日本代表の特集。
「日本代表とか本当にすごいよね。この人も高校の時会ったことあるし」
雑誌を指差す。
そこに載っていたのは牛島さん。
「あれ、知ってるの? 俺のチームメイトだけど」
「文化祭で会ったことある。あと天童さんも」
その瞬間、英太くんがゆっくり顔を覆った。
「……終わった」
「何が?」
「天童に絶対いじられる」
ぽつりと呟かれた言葉に首を傾げる。
「っていうか、その文化祭の劇、俺も見てたし」
「え?」
思わず聞き返す。
「え、いたの!?」
「いた。白雪姫の劇」
「なんで言ってくれなかったの!?」
「いや……今更言うタイミングなくて」
なんだそれ。
社会人になってから知り合ったと思ってたのに、まさか高校時代に同じ空間にいたなんて。
しかも私は継母役。
悪役メイク全開。
「……黒歴史見られてた」
「いや、むしろ目立ってた」
英太くんが笑う。
「天童が『あの女王様面白かった』ってずっと言ってた理由、今日やっと繋がった……」
また頭を抱える彼に、なんだか可笑しくなる。
「なんでそんなにダメージ受けてるの?」
「……今は言えない」
「えー」
「今は無理」
じりじり問い詰めるように近寄ると、英太くんが露骨に目を逸らした。
「英太くーん」
「やめろ」
「瀬見英太さーん」
「やめろって」
「セミセミ」
「その呼び方禁止!!」
ソファに座る彼の頭をわしゃわしゃ撫でる。
不満そうに眉を寄せる顔が面白くて、ついそのまま抱きしめた。
「はいはい、栄養補給〜」
「子ども扱いすんな」
そう言いながらも、少しだけ抱き締め返してくる。
しばらく無言。
そのあと軽くキスされる。
……絶対誤魔化した。
「で? 何隠してるの」
「だから今はまだ……」
「気になる」
「ちゃんと考えてたんだって」
「何を?」
問い詰めると、英太くんが勢いよく立ち上がった。
「……○○が言ったんだからな!」
何故か逆ギレ気味にリビングを出ていく。
え、怒らせた?
不安になった頃、すぐ戻ってきた。
手には小さな箱。
「同じ苗字になったら○○もセミセミって言われるからな!」
勢いよく言われて固まる。
「結婚したい相手が、天童に先に目ぇ付けられてたとか今知るのキツいんだよ! しかも俺、本当はライブのMCでプロポーズしようと思ってたのに!」
……危なかった。
ライブ中にプロポーズ。
普通に嫌だった。
でも、その計画を回避できた安心感と、真っ赤な顔で箱を差し出してくる英太くんが可愛くて、笑いそうになる。
「開けていい?」
「……うん」
箱の中には指輪。
嬉しくて、自然と左手を差し出す。
「いいのか?」
「うん」
少し震える指で、英太くんが指輪を嵌める。
でもサイズはぶかぶかだし、よく見るとクロスとハートの装飾までついてる。
しかも内側には《Forever》の刻印。
……ちょっとダサい。
でも、きっといっぱい悩んで選んでくれたんだろうなって思った。
タイミングとか、言い方とか。
不器用なりに考えてくれてたのが伝わる。
ぶかぶかの指輪を掲げる。
「似合う?」
「……似合う」
「瀬見○○になってもいい?」
次の瞬間、ぎゅっと抱き締められた。
「……なって」
「ふふ」
「絶対なって欲しい」
低い声が耳元で響く。
仕事もある。
演劇も続けたい。
英太くんだって、音楽を諦める気はない。
まだまだ落ち着いた人生にはならなそうだけど。
それでも、この人となら大丈夫な気がした。
これから先、白鳥沢OBの集まりで天童さんたちに永遠にいじられるんだろうなって思うと少し可哀想だけど。
今はそれより。
プロポーズされた嬉しさを、ちゃんと噛み締めていたかった。
〈終〉
ちゃんと答えないといけないって思いながら、一緒にいた時のことを思い返す。
一緒にいるのは楽しかった。
バレーの話をしてる日向くんを見るのも好きだったし、試合を見てるのも楽しかった。
一緒に帰る時間も、なんでもない会話も好きだった。
でも──
それは恋愛とは少し違う気がした。
胸が苦しくなるとか、触れたいとか。
そういう好きとは違う。
「告白されたの、嬉しい。でも……私は日向くんのこと、友達として好きなんだと思う」
言葉を選びながら伝えると、日向くんは少しだけ目を丸くして、それから頷いた。
「そっか」
「うん」
「……気持ちを伝えたかっただけなんだ」
笑おうとしてるのがわかる。
でも、少しだけ声が掠れていた。
その空気に胸がきゅっとなる。
これで良かったのかな。
ちゃんと答えたかった。でも、これっきり話せなくなるのは嫌だった。
沈黙が怖くて、慌てるみたいに言葉を続ける。
「すっごいわがまま言ってもいい?」
日向くんが顔を上げる。
「日向くんと話すの、すごく楽しいんだ。だから……これからも友達でいたい。だめかな」
少しだけ間があって、それから。
「うん! 俺も嬉しい!!」
ほとんど即答だった。
その返事に、張っていた緊張が一気に抜ける。
「良かったぁ……」
思わずその場に座り込むと、「えっ、大丈夫!?」って慌てた日向くんもしゃがみ込んだ。
目が合う。
なんだか恥ずかしくなって、誤魔化すように立ち上がった私は、そのまま手を差し出した。
「これからも友達でお願いします、ってことで握手」
そう言うと、日向くんは一瞬だけその手を見つめて、それからぎゅっと握り返してくれた。
「よろしく!」
ぶんぶんと上下に振られる手に思わず笑ってしまう。
……日向くんの顔がすごく赤いこととか。
握ってる手が少し震えてたこととか。
気づかないふりをした。
私だったら、こんなにすぐ気持ちを切り替えられない。
それでも。
私の返事を受け止めて、友達でいようとしてくれる日向くんが嬉しかった。
ありがたいって、思った。
2年生になって日向くんとはクラスが離れた。でも廊下で会ったら話すし、たまに一緒に帰ったりした。
3年になって進路の話をした時、日向くんは進学も就職もしないでブラジルに行くって聞いた。みんなが進む普通の進路とは全然違っていて驚いた。
でも、それ以上に。
好きの原動力って、本当に凄いんだって思った。
自分が少し恥ずかしくなった。
周りから言われた通りに進学しようとしていた自分が。
それをそのまま日向くんに話すと、彼はあっけらかんと笑った。
「それもいいと思うよ」
「1番好きがまだ見つかってない人もいるし。好きなこと続けるためにお金稼ぐのも大事だし」
本当に、日向くんは日向くんだ。
真っ直ぐで。
迷いがなくて。
一緒にいると、自分が何者にもなれてない気がして少し苦しくなるのに。
その苦しさが嫌じゃなかった。
大学に進学してから、私は演劇サークルに入った。文化祭で劇をやった時の楽しさが忘れられなかったから。
でも、続けていくうちにわかった。
私は演劇が好きだけど、これで生きていきたいわけじゃない。
才能がないとか諦めた訳じゃなくて。
趣味だから楽しいって気持ちが強かった。
だから就職は、安定していて定時で帰れそうな公務員を選んだ。
演劇を続けるために。
だけど実際に働き始めると、公務員も意外と忙しかった。残業もあるし、理不尽なこともある。
それでも友達の話を聞いてるとまだマシなのかなって思う。それに、高校の時に部活で体力がついたせいか、案外なんとかなっていた。
仕事終わりにサークルへ向かう日々。
疲れてるはずなのに、台本を読む時間は好きだった。
ある日、退勤のチャイムが鳴って急いで着替え、台本を読みながらビルを出た時。
前を歩いていた人にぶつかった。
「あっ、ごめんなさい!」
慌ててしゃがむと、散らばった台本を拾ってくれた人がいた。
「大丈夫?」
顔を上げると、隣の部署の人だった。
背が高くて、仕事も出来るらしくて、社内でかっこいいって話題になってる人。
スーツ姿しか見たことなかったけど、その日は私服で。
しかも背中にはギターケース。
……私服、ちょっとダサいかも。
そんな失礼なことを考えてしまった。
「演劇やってるの?」
拾った台本を見ながら聞かれて、頷く。
「そっちは音楽ですか?」
ギターケースを指差すと、少し気まずそうに笑った。
「好きなことやるために、安定した職場選んだ感じ」
その言葉に、なんだか親近感が湧いた。
好きなことは好き。
でも、それだけじゃ生きていけない。
だから生活を選んで、その中で好きなものを続けてる。
その感覚が、少し似ている気がした。
それから、ロビーで会った時に少し話すようになった。
好きな音楽の話。
演劇の話。
仕事の愚痴。
少しずつ、少しずつ。
気づけば、彼と話す時間が楽しみになっていた。
退勤時間が重なると少し嬉しくて。
今日は会えるかなって思ってる自分がいた。
だからある日、勇気を出して言った。
「今度のライブ、行ってみたいです」
すると彼は驚いたあと、少し照れたみたいに笑って。
「じゃあ、その代わり演劇も見に行っていい?」
なんて言うから。
「もちろんです」
そう答えた。
ライブハウスで見る彼は、職場で見る姿とは全然違った。
演劇を観に来た彼は、終わったあと真っ先に感想をくれた。
好きなものを楽しそうに語る顔が好きだった。
きっと。
恋って、こうやって始まるんだと思った。
高校生の頃みたいに、一瞬で胸が熱くなる感じじゃなくて。
隣にいる時間が心地いいとか。
この人ともっと話したいとか。
そんな風に、少しずつ。
気づいたら、付き合うようになっていた。
「こないだのライブ良かったけど、次の箱大きいでしょ?埋まるの?」
リビングで台本を片手にそう聞くと、ソファに寝転がっていた英太くんがちらりっとこっちを見る。
「何? 嫉妬? 会場埋まらない嫉妬ぶつけられてる?」
「違うし!」
笑いながら台本をテーブルに置く。ちょうど区切りもよかったし、キッチンへ向かってコーヒーを淹れる。
公務員は副業の制限があるから、演劇は今も趣味の延長。でも、英太くんのバンドは少しずつ大きくなっている。
ライブハウスの名前も、前より広いところが増えた。
それが嬉しくて。
でも少しだけ、遠くなるみたいで落ち着かない。
マグカップを持って戻ると、ソファに置かれたスポーツ雑誌が目に入る。
開いたページには、日本代表の特集。
「日本代表とか本当にすごいよね。この人も高校の時会ったことあるし」
雑誌を指差す。
そこに載っていたのは牛島さん。
「あれ、知ってるの? 俺のチームメイトだけど」
「文化祭で会ったことある。あと天童さんも」
その瞬間、英太くんがゆっくり顔を覆った。
「……終わった」
「何が?」
「天童に絶対いじられる」
ぽつりと呟かれた言葉に首を傾げる。
「っていうか、その文化祭の劇、俺も見てたし」
「え?」
思わず聞き返す。
「え、いたの!?」
「いた。白雪姫の劇」
「なんで言ってくれなかったの!?」
「いや……今更言うタイミングなくて」
なんだそれ。
社会人になってから知り合ったと思ってたのに、まさか高校時代に同じ空間にいたなんて。
しかも私は継母役。
悪役メイク全開。
「……黒歴史見られてた」
「いや、むしろ目立ってた」
英太くんが笑う。
「天童が『あの女王様面白かった』ってずっと言ってた理由、今日やっと繋がった……」
また頭を抱える彼に、なんだか可笑しくなる。
「なんでそんなにダメージ受けてるの?」
「……今は言えない」
「えー」
「今は無理」
じりじり問い詰めるように近寄ると、英太くんが露骨に目を逸らした。
「英太くーん」
「やめろ」
「瀬見英太さーん」
「やめろって」
「セミセミ」
「その呼び方禁止!!」
ソファに座る彼の頭をわしゃわしゃ撫でる。
不満そうに眉を寄せる顔が面白くて、ついそのまま抱きしめた。
「はいはい、栄養補給〜」
「子ども扱いすんな」
そう言いながらも、少しだけ抱き締め返してくる。
しばらく無言。
そのあと軽くキスされる。
……絶対誤魔化した。
「で? 何隠してるの」
「だから今はまだ……」
「気になる」
「ちゃんと考えてたんだって」
「何を?」
問い詰めると、英太くんが勢いよく立ち上がった。
「……○○が言ったんだからな!」
何故か逆ギレ気味にリビングを出ていく。
え、怒らせた?
不安になった頃、すぐ戻ってきた。
手には小さな箱。
「同じ苗字になったら○○もセミセミって言われるからな!」
勢いよく言われて固まる。
「結婚したい相手が、天童に先に目ぇ付けられてたとか今知るのキツいんだよ! しかも俺、本当はライブのMCでプロポーズしようと思ってたのに!」
……危なかった。
ライブ中にプロポーズ。
普通に嫌だった。
でも、その計画を回避できた安心感と、真っ赤な顔で箱を差し出してくる英太くんが可愛くて、笑いそうになる。
「開けていい?」
「……うん」
箱の中には指輪。
嬉しくて、自然と左手を差し出す。
「いいのか?」
「うん」
少し震える指で、英太くんが指輪を嵌める。
でもサイズはぶかぶかだし、よく見るとクロスとハートの装飾までついてる。
しかも内側には《Forever》の刻印。
……ちょっとダサい。
でも、きっといっぱい悩んで選んでくれたんだろうなって思った。
タイミングとか、言い方とか。
不器用なりに考えてくれてたのが伝わる。
ぶかぶかの指輪を掲げる。
「似合う?」
「……似合う」
「瀬見○○になってもいい?」
次の瞬間、ぎゅっと抱き締められた。
「……なって」
「ふふ」
「絶対なって欲しい」
低い声が耳元で響く。
仕事もある。
演劇も続けたい。
英太くんだって、音楽を諦める気はない。
まだまだ落ち着いた人生にはならなそうだけど。
それでも、この人となら大丈夫な気がした。
これから先、白鳥沢OBの集まりで天童さんたちに永遠にいじられるんだろうなって思うと少し可哀想だけど。
今はそれより。
プロポーズされた嬉しさを、ちゃんと噛み締めていたかった。
〈終〉
