── ホテルの部屋に入ると、彼は当然のように荷物を置いて、私の手を離さなかった。
指先を絡めたまま、振り返るともう距離はゼロで、視線がぶつかる。
彼はさっきまでの余裕ある笑みを少しだけ崩した。
「……やっと、二人きりだね」
ソファに座るよう促され、隣に腰を下ろす彼。

そのまま繋いでいた手を膝の上に置き、親指で小さく円を描く。
「ねぇ……○○さん。さっきの話、ちゃんと聞いてくれた？」
囁くような声に、私は答えを濁した。
「……簡単に答えられることじゃないから」

声が落ちて、真剣な色を帯びる。
「一緒にフランスに来てほしい。俺、○○さんと離れてるの、もうやだ」
「……でも」
仕事も生活も、全部が日本にある。すぐに答えを出せることじゃない。そう言おうとした途端、彼はふわりと笑みを浮かべた。
「うん、わかってるよ〜。だから、すぐに答えなくてもいい」
柔らかい口調に安堵した瞬間、彼はさらに囁く。

「でもね、俺の気持ちは即答できるよ」
覚は軽く笑って、私の手をぎゅっと握り込んだ。
「だって、俺にとっては"安定"よりも"挑戦"よりも……○○さんが一番大事だから。だから──挑戦してみてほしいんだ。俺と一緒にフランスに来るっていう挑戦を」
視線を絡めたまま、真っ直ぐに言葉を落としてくる。

甘さに包むように言いながらも、逃げ場を与えない響き。
「俺ひとりで頑張るより、○○さんが隣にいてくれる方が、ずっと強くなれるんだ。言葉だって、文化だって、全部俺が支えるから。……だから、俺と一緒に来て？」
彼の声には柔らかい調子の裏に、どうしても譲らない独占欲が滲んでいた。

指先を頬に触れさせ、次の瞬間には唇を重ねてきた。
軽いキスのはずが、彼の手が首筋にまわり、逃げられないように深まっていく。
「……っ、覚……」
息を整える間もなく、耳元で囁かれる。
「ねえ、俺のこと……まだ"弟みたいな年下"だと思ってる？」
意地悪な響きを含む声。

返事を探す間もなく、彼は抱き寄せて胸に閉じ込める。
「俺、年なんて関係ないって証明するよ。ずっと遠くで我慢してた分、今日はちゃんと……知ってほしい」
その声に、抗う理由がひとつずつ剥がされていく。

彼の腕の中で、鼓動が混じり合うのを感じながら、私の中にも答えられない想いが積もっていく。
「……絶対に離したくないんだ。だから、今夜は全部、俺に預けて」
甘さと強さが入り混じった声に、胸の奥が大きく揺れた。

彼はふっと笑って、けれどその笑みはどこか意地悪で、私をベッドへと導くように背に手を添える。
「じゃあ、今夜は……俺の気持ちで説得するね」
唇を重ねられた瞬間、強引さと甘さが一気に押し寄せる。
息を逃がす間もなく、彼は囁きを重ねてきた。

「○○さんが来てくれないなら、俺は寂しくて死んじゃうかもしれないな〜」
冗談めかしているのに、熱を帯びた眼差しは冗談じゃなかった。
シャツの袖をするりとたくし上げ、素肌に触れる手の温かさに、心臓が跳ねる。
「言葉だけじゃ足りないから……身体でちゃんと伝えたい」
耳元に唇が触れ、甘い吐息とともに熱が落とされる。
「……覚」
名を呼ぶと、彼は満足げに微笑み、さらに深く抱き寄せてきた。

「俺だけ見て。誰にも触れさせない。……○○さんは、俺のものだから」
その言葉には、年下らしい拙さではなく、まっすぐで揺るぎない独占欲が滲んでいた。
触れるたびに強引で、でもひとつひとつが優しく甘く、私の抵抗をほどいていく。

「フランスに来てくれたら、毎日こうして隣にいられるよ。言葉も、文化も、夜のことも……俺が全部教えるから」
耳朶に落ちる低い声に、身体が熱を帯びていく。

「離れないで。……○○さんが挑戦してくれるまで、何度だって、俺はこうやって伝えるから」

彼の瞳には、私しか映っていなかった。