カフェを出ると、外は夕暮れに染まっていた。
人の流れの中で、彼は自然に私の手を取る。その仕草ひとつが堂々としていて、離そうとする隙を与えてくれない。

「……ホテル、取ってあるんだ」
歩きながら、不意に彼が口にする。
「え、そんな……」
反射的に戸惑う私を見て、彼はわざと首を傾げて笑った。

「だって、久しぶりに会えたのに、すぐ帰っちゃうのやだな〜。俺、○○さんの声も顔も、触れられる距離も、全部欲しいのに」
軽い調子で言うのに、言葉の芯は真剣で。胸がきゅっと締めつけられる。

「……私、明日仕事だし」
「明日？　朝までに送ればいいんでしょ。俺、フランスでも寝不足慣れしてるし大丈夫〜」
さらりと返すその口ぶりが、彼らしい。ふざけているようでいて、絶対に引かない強さがある。

「離れたくないんだよね」
そう囁かれると、足が止まりそうになる。
「……そんなに？」
「そんなに。俺にとっては当たり前。だってずっと、離れて暮らしてるんだよ？　会えた時くらい、全部欲張りたい」

人混みの中でも構わず指を絡めてくる。
力を込められると、もう振り解けなくなるのを知っているから、ただ受け入れるしかなかった。