9 一緒にいたい
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フランスに行くまでの日々は、まさに怒涛だった。
仕事の引き継ぎ、家を空ける準備、フランスにいく書類の手続き。どれも重たくのしかかるものばかりなのに、覚はさらに自分のペースで畳み掛けてくる。
「婚姻届はさ、せっかくだから日にちに意味を持たせたいんだ〜。ほら、最初に告白した日とか、初めてキスした日とか、俺がプロポーズした日もあるし……」
彼が事細かに覚えている記念日を次々挙げていく。
「そんなに気にしなくていいよ、出せる日で出そうよ」
思わずそう言ってしまった私に、彼が初めて眉をひそめた。
「○○さん、そういうの大事じゃないの……?」
声の調子が少し沈んでいて、胸がざわつく。些細なことから初めて口論らしい口論になり、互いに譲らないまま夜が更けた。
さらに語学のことでも不安が募る。
「英語だってまともに喋れないのに、フランス語なんて……まず英会話からやらせてほしい」
私が真剣に訴えても、覚はあっけらかんと笑う。
「時間ないし、現地で俺が教えるから大丈夫〜。○○さんならすぐ慣れるよ」
根拠のない自信に支えられているのが分かるからこそ、不安が膨らんでいった。
そんなやり取りが続く中で、「身一つで来てくれるのが一番嬉しい」と彼が言った時、胸の奥が強く揺れた。
ときめきと同時に、そこまで甘えることはできない、という意地も顔を出す。荷造りをしながら「少しでも自分で用意しなきゃ」と気張ってしまう自分に気づき、ため息をついた。
***
不安や意地なんか沢山あった
──けれど。
フランスの空港に降り立った瞬間、彼が人混みの向こうから駆け寄って抱きしめてくれた時。
それまでの不安も苛立ちも、すべて帳消しになってしまった。
「よく来てくれたね、○○さん……」
耳元で囁かれるその声に、心臓が跳ねる。
背中を撫でる手の力強さに、身体の緊張が一気に解けて涙がにじんだ。
空港から車に乗り、彼が暮らしている家へと向かう。道中、窓の外に流れる街並みはどこか映画のようで、異国に来た実感が少しずつ湧いてくる。
玄関を開けると、覚が少し照れた顔で言った。
「パリは家賃が高いから、ちょっと狭いんだよね。ごめんね」
そう言われたけれど、実際は二人で暮らすには十分な広さだった。家具や調度品の一つひとつに、彼の生活が積み重ねられている気配がして、胸がいっぱいになる。
「私、仕事もないのに……」そう謝ろうとした瞬間、彼に抱き寄せられる。
「謝るの禁止〜。来てくれただけで、もう十分だから」
優しく、でも抗えないほど強く。
そのまま口づけられ、深く息を奪われていく。
久しぶりに会えた安堵と、異国でふたりきりだという状況が熱を加速させ、言葉よりも先に身体が溶かされていく。
彼の腕の中に落ちていく時、「全部任せてもいい」と思えてしまうほどに、安心と熱情が入り混じっていた。
夜の帳が落ちたパリの部屋は、街の明かりすら遠く、静けさに沈んでいた。
その中で、重ね合う影だけが熱を帯び、濃く揺れていた。
空港で抱きしめられた時の安心感は、彼の腕の中に再び包まれた瞬間、甘い熱へと変わった。
〈終〉
仕事の引き継ぎ、家を空ける準備、フランスにいく書類の手続き。どれも重たくのしかかるものばかりなのに、覚はさらに自分のペースで畳み掛けてくる。
「婚姻届はさ、せっかくだから日にちに意味を持たせたいんだ〜。ほら、最初に告白した日とか、初めてキスした日とか、俺がプロポーズした日もあるし……」
彼が事細かに覚えている記念日を次々挙げていく。
「そんなに気にしなくていいよ、出せる日で出そうよ」
思わずそう言ってしまった私に、彼が初めて眉をひそめた。
「○○さん、そういうの大事じゃないの……?」
声の調子が少し沈んでいて、胸がざわつく。些細なことから初めて口論らしい口論になり、互いに譲らないまま夜が更けた。
さらに語学のことでも不安が募る。
「英語だってまともに喋れないのに、フランス語なんて……まず英会話からやらせてほしい」
私が真剣に訴えても、覚はあっけらかんと笑う。
「時間ないし、現地で俺が教えるから大丈夫〜。○○さんならすぐ慣れるよ」
根拠のない自信に支えられているのが分かるからこそ、不安が膨らんでいった。
そんなやり取りが続く中で、「身一つで来てくれるのが一番嬉しい」と彼が言った時、胸の奥が強く揺れた。
ときめきと同時に、そこまで甘えることはできない、という意地も顔を出す。荷造りをしながら「少しでも自分で用意しなきゃ」と気張ってしまう自分に気づき、ため息をついた。
***
不安や意地なんか沢山あった
──けれど。
フランスの空港に降り立った瞬間、彼が人混みの向こうから駆け寄って抱きしめてくれた時。
それまでの不安も苛立ちも、すべて帳消しになってしまった。
「よく来てくれたね、○○さん……」
耳元で囁かれるその声に、心臓が跳ねる。
背中を撫でる手の力強さに、身体の緊張が一気に解けて涙がにじんだ。
空港から車に乗り、彼が暮らしている家へと向かう。道中、窓の外に流れる街並みはどこか映画のようで、異国に来た実感が少しずつ湧いてくる。
玄関を開けると、覚が少し照れた顔で言った。
「パリは家賃が高いから、ちょっと狭いんだよね。ごめんね」
そう言われたけれど、実際は二人で暮らすには十分な広さだった。家具や調度品の一つひとつに、彼の生活が積み重ねられている気配がして、胸がいっぱいになる。
「私、仕事もないのに……」そう謝ろうとした瞬間、彼に抱き寄せられる。
「謝るの禁止〜。来てくれただけで、もう十分だから」
優しく、でも抗えないほど強く。
そのまま口づけられ、深く息を奪われていく。
久しぶりに会えた安堵と、異国でふたりきりだという状況が熱を加速させ、言葉よりも先に身体が溶かされていく。
彼の腕の中に落ちていく時、「全部任せてもいい」と思えてしまうほどに、安心と熱情が入り混じっていた。
夜の帳が落ちたパリの部屋は、街の明かりすら遠く、静けさに沈んでいた。
その中で、重ね合う影だけが熱を帯び、濃く揺れていた。
空港で抱きしめられた時の安心感は、彼の腕の中に再び包まれた瞬間、甘い熱へと変わった。
〈終〉
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