1 出会い
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予選が進むにつれて、電話のやりとりはぐっと減った。
試合が近い時期はきっと練習もミーティングも詰まっていて、弟の負担になってはいけない。だから私も極力連絡は控えるようにしていた。
それでも時折、天童くんの声が電話口に響く。
「この前さ〜」「晴斗くん、めっちゃ怒られてさ〜」
軽い調子で話してくれる彼のおかげで、遠いところからでも弟の様子がなんとなく分かって安心できた。
予選決勝は勝った。
けれど、試合後の話では「内容が不甲斐ない」と監督に叱られ、チーム全員で学校まで走って帰らされたらしい。
勝ったのに走らされるのかと驚いたけれど、春高本戦に向けての課題は山ほどあるのだろう。
ただ「きっとこの経験が次につながる」と信じるしかなかった。
そして──迎えた春高本戦。
東京開催ということもあり、なんとか仕事をやりくりして会場へ駆けつけた。
大きな体育館、観客席を埋め尽くす声援。
その中でコートに立つ弟の姿を見つけると、胸の奥がじんわり熱くなる。
「頑張って」
それしか言えなかった。
でも、それが一番の気持ちだった。
弟の高校最後の大会。大学の推薦も決まっていて、これからもバレーは続けると聞いている。それでも、ここでの時間は二度と戻ってこない。
だからこそ、この瞬間を目に焼き付けておきたかった。
試合は二日目で終わった。
全力を尽くしていたのは分かる。
負けてしまったことは悔しいけれど、きっと弟自身が一番痛感しているはずだ。
だから声はかけなかった。
応援席から立ち上がり、出口へ向かおうとしたとき──見慣れた背の高いシルエットがこちらに歩いてきた。
「……あれ、もう帰っちゃうの?」
にこにこと笑いながら声をかけてきたのは天童くんだった。
「うん。晴斗もすぐにチームに戻るだろうし、長居はね」
「そっか〜。でもさ、弟くん卒業しちゃうでしょ? だからさ……また俺たちの試合も応援に来てよ」
唐突な言葉に思わず瞬きをした。
「私が? ……でも、晴斗もういないじゃない」
「関係ないよ。時間あったらでいいからさ〜。俺、次の試合までには絶対レギュラーになるから。だから、来てほしいな」
その言葉は意外にもまっすぐで、冗談めかすでもなく、ただ自然に口にしたようだった。
思わず笑ってしまう。
「……頑張ってね。約束はできないけど」
「うん、約束しなくてもいいよ〜。でも、ちゃんと頑張るから」
その笑顔に、彼らしい飄々とした軽さと同時に、強い意志のようなものを感じた。
✱✱✱
弟の卒業式が終わった。
そんな中で、ある日不意に弟から電話がかかってきた。
声が妙に歯切れ悪く、いつもの調子とは違う。
「……あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
聞けば、部活の勝負で負けてしまい、罰ゲームとして「姉ちゃんの連絡先を天童に教える」ことになったらしい。
「なんでそんなことに……」
ため息をついた瞬間、受話器の向こうからすかさず明るい声が割り込んできた。
「やった〜! これで晴斗くん経由じゃなくて直接話せるんだね〜!」
思わず息をのむ。天童くんの声だった。
今までも弟の携帯を通して何度も話したことはあった。
けれどそれはいつも制限時間つきで、最後は「はい終わり!」と弟に取り上げられるのがお約束だった。
だからこそ、"直接"連絡を取り合えることが、彼にとっては格別に嬉しいらしい。
その直後、少し照れ隠しのように笑いながら付け加えてきた。
「でもさ、"お姉さん"って呼ぶの、なんか違うんだよね〜。俺のお姉さんじゃないし」
「……それはまあ、そうだけど」
返事をした途端、妙に真剣さの混じった響きで続ける。
「だからさ、名前で呼んでいい? そっちの方が、しっくりくる気がするんだ〜」
すぐに「おい! 勝手に言うな!」と弟の声が後ろから飛んでくる。
どうやら蹴り合っているのか、騒がしい音が混じった。
「ほら、晴斗が嫌がってるんだから……」とたしなめると、天童くんは小さく笑って「はーい」と返す。
けれど、今度はいたずらっぽい響きを含んで言った。
「じゃあさ──ユニフォーム、俺がちゃんともらえたら。そのとき名前、教えてくれる?」
軽く言ったように聞こえたけれど、電話口から伝わる声色にはどこか真剣さが混じっていた。
「それならいいでしょ?」と畳みかけるように言う彼の声の後ろで、「勝手に約束すんな!」と弟の抗議が飛ぶ。
二人のやり取りに苦笑しつつも、自然と頷いてしまっていた。
──弟をからかうのがきっかけだったはずなのに。
天童くんの視線は、もう少し違うところに向き始めているのかもしれない。
電話を切ったあとも、妙に胸がざわついていた。
天童くんは弟を揶揄うために、私と話していただけ──ずっとそう思っていた。
けれど今回のやり取りで、少しだけその色合いが変わった気がした。
「名前で呼びたい」
「ユニフォームをもらえたら教えて」
軽口のように響いた言葉の奥に、彼自身の真剣さが滲んでいた気がする。
とはいえ、私は十二も年上で、弟の友達にすぎない。
年上の女性に憧れることもあるのかもしれないけれど、それは一時的なものだろう。
同級生たちが知ればきっと「変だ」と笑うに決まっている。
だから私は彼の気持ちに踏み込まない。
こちらから「意識してるの?」なんて聞くのは間違っているし、かといってはっきり突き放す理由もない。
天童くんもあからさまに迫ってくるわけではなく、ただ明るい声で電話をかけてくるだけだから。
けれどその頻度は正直、多かった。
仕事に追われている私には返す余裕がなく、電話やメールは未読のままになることもしばしば。
「ごめん、忙しくて」と伝えると、彼は「そっか〜、なら弟くんと連絡とってたくらいで我慢しよっかな〜」とあっけらかんと言った。
その調子に、少しだけ救われた気がした。
試合が近い時期はきっと練習もミーティングも詰まっていて、弟の負担になってはいけない。だから私も極力連絡は控えるようにしていた。
それでも時折、天童くんの声が電話口に響く。
「この前さ〜」「晴斗くん、めっちゃ怒られてさ〜」
軽い調子で話してくれる彼のおかげで、遠いところからでも弟の様子がなんとなく分かって安心できた。
予選決勝は勝った。
けれど、試合後の話では「内容が不甲斐ない」と監督に叱られ、チーム全員で学校まで走って帰らされたらしい。
勝ったのに走らされるのかと驚いたけれど、春高本戦に向けての課題は山ほどあるのだろう。
ただ「きっとこの経験が次につながる」と信じるしかなかった。
そして──迎えた春高本戦。
東京開催ということもあり、なんとか仕事をやりくりして会場へ駆けつけた。
大きな体育館、観客席を埋め尽くす声援。
その中でコートに立つ弟の姿を見つけると、胸の奥がじんわり熱くなる。
「頑張って」
それしか言えなかった。
でも、それが一番の気持ちだった。
弟の高校最後の大会。大学の推薦も決まっていて、これからもバレーは続けると聞いている。それでも、ここでの時間は二度と戻ってこない。
だからこそ、この瞬間を目に焼き付けておきたかった。
試合は二日目で終わった。
全力を尽くしていたのは分かる。
負けてしまったことは悔しいけれど、きっと弟自身が一番痛感しているはずだ。
だから声はかけなかった。
応援席から立ち上がり、出口へ向かおうとしたとき──見慣れた背の高いシルエットがこちらに歩いてきた。
「……あれ、もう帰っちゃうの?」
にこにこと笑いながら声をかけてきたのは天童くんだった。
「うん。晴斗もすぐにチームに戻るだろうし、長居はね」
「そっか〜。でもさ、弟くん卒業しちゃうでしょ? だからさ……また俺たちの試合も応援に来てよ」
唐突な言葉に思わず瞬きをした。
「私が? ……でも、晴斗もういないじゃない」
「関係ないよ。時間あったらでいいからさ〜。俺、次の試合までには絶対レギュラーになるから。だから、来てほしいな」
その言葉は意外にもまっすぐで、冗談めかすでもなく、ただ自然に口にしたようだった。
思わず笑ってしまう。
「……頑張ってね。約束はできないけど」
「うん、約束しなくてもいいよ〜。でも、ちゃんと頑張るから」
その笑顔に、彼らしい飄々とした軽さと同時に、強い意志のようなものを感じた。
✱✱✱
弟の卒業式が終わった。
そんな中で、ある日不意に弟から電話がかかってきた。
声が妙に歯切れ悪く、いつもの調子とは違う。
「……あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
聞けば、部活の勝負で負けてしまい、罰ゲームとして「姉ちゃんの連絡先を天童に教える」ことになったらしい。
「なんでそんなことに……」
ため息をついた瞬間、受話器の向こうからすかさず明るい声が割り込んできた。
「やった〜! これで晴斗くん経由じゃなくて直接話せるんだね〜!」
思わず息をのむ。天童くんの声だった。
今までも弟の携帯を通して何度も話したことはあった。
けれどそれはいつも制限時間つきで、最後は「はい終わり!」と弟に取り上げられるのがお約束だった。
だからこそ、"直接"連絡を取り合えることが、彼にとっては格別に嬉しいらしい。
その直後、少し照れ隠しのように笑いながら付け加えてきた。
「でもさ、"お姉さん"って呼ぶの、なんか違うんだよね〜。俺のお姉さんじゃないし」
「……それはまあ、そうだけど」
返事をした途端、妙に真剣さの混じった響きで続ける。
「だからさ、名前で呼んでいい? そっちの方が、しっくりくる気がするんだ〜」
すぐに「おい! 勝手に言うな!」と弟の声が後ろから飛んでくる。
どうやら蹴り合っているのか、騒がしい音が混じった。
「ほら、晴斗が嫌がってるんだから……」とたしなめると、天童くんは小さく笑って「はーい」と返す。
けれど、今度はいたずらっぽい響きを含んで言った。
「じゃあさ──ユニフォーム、俺がちゃんともらえたら。そのとき名前、教えてくれる?」
軽く言ったように聞こえたけれど、電話口から伝わる声色にはどこか真剣さが混じっていた。
「それならいいでしょ?」と畳みかけるように言う彼の声の後ろで、「勝手に約束すんな!」と弟の抗議が飛ぶ。
二人のやり取りに苦笑しつつも、自然と頷いてしまっていた。
──弟をからかうのがきっかけだったはずなのに。
天童くんの視線は、もう少し違うところに向き始めているのかもしれない。
電話を切ったあとも、妙に胸がざわついていた。
天童くんは弟を揶揄うために、私と話していただけ──ずっとそう思っていた。
けれど今回のやり取りで、少しだけその色合いが変わった気がした。
「名前で呼びたい」
「ユニフォームをもらえたら教えて」
軽口のように響いた言葉の奥に、彼自身の真剣さが滲んでいた気がする。
とはいえ、私は十二も年上で、弟の友達にすぎない。
年上の女性に憧れることもあるのかもしれないけれど、それは一時的なものだろう。
同級生たちが知ればきっと「変だ」と笑うに決まっている。
だから私は彼の気持ちに踏み込まない。
こちらから「意識してるの?」なんて聞くのは間違っているし、かといってはっきり突き放す理由もない。
天童くんもあからさまに迫ってくるわけではなく、ただ明るい声で電話をかけてくるだけだから。
けれどその頻度は正直、多かった。
仕事に追われている私には返す余裕がなく、電話やメールは未読のままになることもしばしば。
「ごめん、忙しくて」と伝えると、彼は「そっか〜、なら弟くんと連絡とってたくらいで我慢しよっかな〜」とあっけらかんと言った。
その調子に、少しだけ救われた気がした。
