5 結婚式後
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「ちょっと待っててね〜」
そう言って天童くんは私をロビーに残し、どこかへ姿を消した。十分ほどして戻ってくると、軽やかにタクシーのドアを開けて待っている。
「ほら、乗って」
「え……近場じゃないの?」
首を傾げつつも、促されるままにシートへ腰を下ろす。
天童くんは運転手に行き先を告げ、ドアが閉まる。車体が静かに動き出した。
「結構近いなら、歩いても良かったのに」
こっそり呟くと、彼は隣で肩を揺らして笑った。
「俺がそんな配慮足りない男に見える? フォーマルな格好の女性を歩かせるなんて、ちょっとね〜」
冗談めかした口ぶりなのに、不思議と胸に響く。
やがて車は停まり、降り立った先には小さな木の扉。
控えめな看板には英字で「BAR」の文字。
「ここ……」
見上げて息を呑む。
雰囲気からして、敷居が高い。
正直、私なんかが入っていいのか躊躇ってしまう。
立ち止まった私を横目に、天童くんは慣れたように片手を軽く上げて扉を押し開けた。
「こんばんは〜」
その声に応えるように、カウンターの奥からバーテンダーが一礼する。
落ち着いた灯りと重厚な木の香りが漂う空間。
「日本に戻ってきた時、たまに来るんだよね。チョコも置いてるから、合わせの勉強も兼ねて」
そう言って肩越しに振り返る彼の横顔は──もう、私の知っている高校の天童くんではなかった。
背筋の伸びた立ち姿も、柔らかな笑みも。
年齢を重ねて大人になった輪郭が、目の前にあった。
カウンターの椅子に腰を下ろすと、磨き込まれた木の質感が背筋を自然と正す。
天童くんは当たり前のようにメニューを開くでもなく、バーテンダーに「カカオに合うやつお願い〜」と軽く頼んでいた。
「……こういうお店、来るんだね」
周囲を落ち着かない気持ちで眺めながら声をかけると、彼は笑って肩を竦める。
「ん〜、チョコ作る以上はね。お酒との相性、大事だから」
そう言って出されたグラスを受け取り、琥珀色の液体をひと口。その仕草すら板についていて、余計に距離を感じてしまう。
「……高校の時の天童くんとは、全然違う」
思わず漏らすと、彼は横目でこちらを見てにやりと笑った。
「違う? 大人になった〜って意味かな?」
「……そうだね。なんか、落ち着いてる」
「ふふ。でもね、ひとつだけ変わってないことがあるよ〜」
彼はカウンターに肘をつき、こちらに身を寄せる。
「俺ね、ずっと同じ人のこと考えてるんだ。……高校の時から」
「……」
グラスを持つ手が止まる。
心臓が、嫌になるほど強く打ち始めた。
「フランスに行っても、店が大きくなっても……どれだけ忙しくてもさ。頭の中から消えないんだよね。困ったことに……ね」
冗談めかした声色なのに、目だけは笑っていない。
まるで、逃げ道を塞ぐような真剣さが滲んでいた。
「……やめてよ。こういうの、冗談で言うのはずるい」
視線を逸らすと、彼は少し首を傾げ、グラスの縁を指でなぞった。
「冗談なら、こんなに頑張れないよ〜。俺がここまでやってこれたの、半分は"今日"みたいな日のためだし」
「今日?」
「うん。ちゃんと会って、大人になった俺を見てもらって……それでも抱きしめてほしいって思ってもらえるかどうか、試したかったんだ〜」
耳が熱くなる。
彼の言葉は軽やかなのに、胸に突き刺さるほど重かった。
そう言って天童くんは私をロビーに残し、どこかへ姿を消した。十分ほどして戻ってくると、軽やかにタクシーのドアを開けて待っている。
「ほら、乗って」
「え……近場じゃないの?」
首を傾げつつも、促されるままにシートへ腰を下ろす。
天童くんは運転手に行き先を告げ、ドアが閉まる。車体が静かに動き出した。
「結構近いなら、歩いても良かったのに」
こっそり呟くと、彼は隣で肩を揺らして笑った。
「俺がそんな配慮足りない男に見える? フォーマルな格好の女性を歩かせるなんて、ちょっとね〜」
冗談めかした口ぶりなのに、不思議と胸に響く。
やがて車は停まり、降り立った先には小さな木の扉。
控えめな看板には英字で「BAR」の文字。
「ここ……」
見上げて息を呑む。
雰囲気からして、敷居が高い。
正直、私なんかが入っていいのか躊躇ってしまう。
立ち止まった私を横目に、天童くんは慣れたように片手を軽く上げて扉を押し開けた。
「こんばんは〜」
その声に応えるように、カウンターの奥からバーテンダーが一礼する。
落ち着いた灯りと重厚な木の香りが漂う空間。
「日本に戻ってきた時、たまに来るんだよね。チョコも置いてるから、合わせの勉強も兼ねて」
そう言って肩越しに振り返る彼の横顔は──もう、私の知っている高校の天童くんではなかった。
背筋の伸びた立ち姿も、柔らかな笑みも。
年齢を重ねて大人になった輪郭が、目の前にあった。
カウンターの椅子に腰を下ろすと、磨き込まれた木の質感が背筋を自然と正す。
天童くんは当たり前のようにメニューを開くでもなく、バーテンダーに「カカオに合うやつお願い〜」と軽く頼んでいた。
「……こういうお店、来るんだね」
周囲を落ち着かない気持ちで眺めながら声をかけると、彼は笑って肩を竦める。
「ん〜、チョコ作る以上はね。お酒との相性、大事だから」
そう言って出されたグラスを受け取り、琥珀色の液体をひと口。その仕草すら板についていて、余計に距離を感じてしまう。
「……高校の時の天童くんとは、全然違う」
思わず漏らすと、彼は横目でこちらを見てにやりと笑った。
「違う? 大人になった〜って意味かな?」
「……そうだね。なんか、落ち着いてる」
「ふふ。でもね、ひとつだけ変わってないことがあるよ〜」
彼はカウンターに肘をつき、こちらに身を寄せる。
「俺ね、ずっと同じ人のこと考えてるんだ。……高校の時から」
「……」
グラスを持つ手が止まる。
心臓が、嫌になるほど強く打ち始めた。
「フランスに行っても、店が大きくなっても……どれだけ忙しくてもさ。頭の中から消えないんだよね。困ったことに……ね」
冗談めかした声色なのに、目だけは笑っていない。
まるで、逃げ道を塞ぐような真剣さが滲んでいた。
「……やめてよ。こういうの、冗談で言うのはずるい」
視線を逸らすと、彼は少し首を傾げ、グラスの縁を指でなぞった。
「冗談なら、こんなに頑張れないよ〜。俺がここまでやってこれたの、半分は"今日"みたいな日のためだし」
「今日?」
「うん。ちゃんと会って、大人になった俺を見てもらって……それでも抱きしめてほしいって思ってもらえるかどうか、試したかったんだ〜」
耳が熱くなる。
彼の言葉は軽やかなのに、胸に突き刺さるほど重かった。
