4 弟の結婚式
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晴斗の結婚式は、とてもいいものだった。
幸せそうに笑う弟と、その隣で寄り添う花嫁。
その姿を見ているだけで胸の奥がじんわりと温まる。
……ただ、一つだけ疑問があった。
──何故か、隣に天童くんがいる。
席次表では確かに離れていたはずなのに、いつの間にか彼は当然のように私の隣へ腰を下ろしていた。
「晴斗くんは、ほんとにいい人と巡り会えましたねぇ〜。やっぱり人徳ですかねぇ〜」
にこにことした顔で、両親に杯を勧めている。
「俺ね、フランスでも有名なショコラティエなんですよ〜。今日の引き出物にも、実は俺のチョコ、特別に混ざってるんです〜」
その言葉に両親は「まあ!」「ありがたいねえ」と手を合わせて喜んでいる。
……けれど、私にはどうにもその調子が"詐欺師の口上"のように聞こえてならなかった。
怪訝な視線を送ると、天童くんはまるでお構いなしににこやかに笑い、テーブルの下でそっと私の手を握ってくる。
「……っ」
驚いて彼を見やる。
しかし彼はあくまでにこやかに、両親と談笑を続けていた。
その一方で──
視線の先、主役である晴斗は、こちらを鋭い目で睨みつけていた。
姉の隣で、よりによってあの天童くんが手を握っているのを、見逃すはずがない。
「……天童」
唇の動きだけで名前を呼ぶ晴斗。
低く鋭いその声が、祝宴の賑やかさに紛れてこちらに届いた気がした。
天童くんはと言えば、全く動じず、むしろ面白がるように片眉を上げて私の手を軽く握り直した。
「俺の手、離したい?」
耳元に落とされた声は、囁くようでいて妙に楽しそうだ。
──どうして彼はいつも、こんなにも人の心を乱してくるのだろう。
拍手と歓声に包まれる披露宴の空気の中、私と天童くん、そして弟の視線だけが張り詰めていた。
華やかな披露宴もお開きとなり、会場の出口では新郎新婦が出席者一人ひとりに引き出物と小さなチョコを手渡していた。
白地に金の文字で「LYONSAULT(リヨンソー)」と印字された小箱。天童くんが手がけるブランドのロゴだと気づき、思わず目を丸くする。
──まさか本当に引き出物に入ってるなんて。
電話口で「特別に〜」なんて言っていたのを、私は半分冗談だと思っていたのに。
列の先では、まだ怒り顔の残る晴斗に、お嫁さんが小声で「主役なんだから笑って」と囁いているのが見えた。
しぶしぶ笑顔をつくる晴斗。その表情は、社会人として場慣れした"愛想笑い"そのものだった。
参列者も残りわずかになった頃。
最後尾に並んでいた天童くんが、いつもの調子でにこにこと近づいてきた。
「今日はほんとに素敵なお式でしたねぇ〜。こんな場に呼んでいただけて光栄です〜」
両親に深々と頭を下げ、にこやかに感謝を伝える。
その流れで、ふと私の方へ顔を向け──
「ねえ、今日このあと時間って空いてる?」
さらりと投げかけられた言葉に、私は思わず手を振って慌ててしまった。
「ちょ、ちょっと待って! 誤解だから! これは…ほんとに!」
さっきの披露宴で手を握られていたのを思い出し、必死に弁解しようとする。
けれど、そんな私の声を遮るように、横から晴斗が強く割り込んできた。
「姉ちゃんにそういうこと言うな!」
さっきまで抑えていた怒気を隠しもせず、弟は天童くんを睨みつける。
その険しい空気を、天童くんは肩をすくめて笑い飛ばした。
「え〜? でもさぁ、晴斗くん。お姉さんに"いい人がいる"なんて言ってたの、あれ嘘だったんだよねぇ? 嘘つきは怒る資格ないと思うけどな〜」
「……っ!」
顔を真っ赤にした晴斗は言葉を詰まらせる。
慌てて両親を見れば、二人ともなぜか目を細めて天童くんを見つめている。
「まあ、気さくでいい子ねえ」「仕事もちゃんとしてるみたいだし」
口々に褒め言葉を並べる両親に、私はさらに焦った。
「ちょ、ちょっと待って、本当にそういうんじゃないから!」
必死に否定しても、天童くんは手を合わせて「すみませ〜ん」と頭を下げる。
「なんか、シスコン気味にしちゃって。俺が余計にからかっちゃったかな〜?」
軽い調子でお嫁さんに謝り、逆に空気をやわらげてしまう。
お嫁さんは困ったように笑いながらも、「……晴斗、今日はもういいでしょ。主役は私たちなんだから」と弟の腕を引く。
それでもまだ納得していない晴斗を横目に、天童くんは私の方へちらりと視線を投げた。
──大事なお姉さんだから俺が守る〜。
そんな軽口を今にも言い出しそうな顔で。
そして私は、またしても場を収めるために言葉を探すしかなかった。
私は荷物をまとめ、控室で着替えを済ませてからロビーに出る。
華やかだった会場もすでに片づけが始まっていて、余韻の残る空気の中で帰り支度を整えていると。
「○○さ〜ん」
背後から軽やかな声がかかった。
振り返ると、天童くんが片手をひらひらと上げながら歩いてくる。ネクタイを少しゆるめ、披露宴のときより気楽な雰囲気をまとっていた。
「このあと時間空いてる?話せるかな〜?」
「え、二次会行かないの?」
当然参加するものだと思っていたから、思わず聞き返す。
共通の友人も多いはずだし、彼は場を盛り上げるのが得意だから。
ところが天童くんは首を横に振って、にやりと笑った。
「ん〜、元々不参加って言ってたから。晴斗にも伝えてあるよ」
「そうなんだ……」
意外で拍子抜けしてしまう。
「俺、忙しいからね。ほんとに少しだけ、って感じ」
そう言いながらも、その声色は軽くて──どこか含みがあった。
了承するしかなく、私は頷いた
幸せそうに笑う弟と、その隣で寄り添う花嫁。
その姿を見ているだけで胸の奥がじんわりと温まる。
……ただ、一つだけ疑問があった。
──何故か、隣に天童くんがいる。
席次表では確かに離れていたはずなのに、いつの間にか彼は当然のように私の隣へ腰を下ろしていた。
「晴斗くんは、ほんとにいい人と巡り会えましたねぇ〜。やっぱり人徳ですかねぇ〜」
にこにことした顔で、両親に杯を勧めている。
「俺ね、フランスでも有名なショコラティエなんですよ〜。今日の引き出物にも、実は俺のチョコ、特別に混ざってるんです〜」
その言葉に両親は「まあ!」「ありがたいねえ」と手を合わせて喜んでいる。
……けれど、私にはどうにもその調子が"詐欺師の口上"のように聞こえてならなかった。
怪訝な視線を送ると、天童くんはまるでお構いなしににこやかに笑い、テーブルの下でそっと私の手を握ってくる。
「……っ」
驚いて彼を見やる。
しかし彼はあくまでにこやかに、両親と談笑を続けていた。
その一方で──
視線の先、主役である晴斗は、こちらを鋭い目で睨みつけていた。
姉の隣で、よりによってあの天童くんが手を握っているのを、見逃すはずがない。
「……天童」
唇の動きだけで名前を呼ぶ晴斗。
低く鋭いその声が、祝宴の賑やかさに紛れてこちらに届いた気がした。
天童くんはと言えば、全く動じず、むしろ面白がるように片眉を上げて私の手を軽く握り直した。
「俺の手、離したい?」
耳元に落とされた声は、囁くようでいて妙に楽しそうだ。
──どうして彼はいつも、こんなにも人の心を乱してくるのだろう。
拍手と歓声に包まれる披露宴の空気の中、私と天童くん、そして弟の視線だけが張り詰めていた。
華やかな披露宴もお開きとなり、会場の出口では新郎新婦が出席者一人ひとりに引き出物と小さなチョコを手渡していた。
白地に金の文字で「LYONSAULT(リヨンソー)」と印字された小箱。天童くんが手がけるブランドのロゴだと気づき、思わず目を丸くする。
──まさか本当に引き出物に入ってるなんて。
電話口で「特別に〜」なんて言っていたのを、私は半分冗談だと思っていたのに。
列の先では、まだ怒り顔の残る晴斗に、お嫁さんが小声で「主役なんだから笑って」と囁いているのが見えた。
しぶしぶ笑顔をつくる晴斗。その表情は、社会人として場慣れした"愛想笑い"そのものだった。
参列者も残りわずかになった頃。
最後尾に並んでいた天童くんが、いつもの調子でにこにこと近づいてきた。
「今日はほんとに素敵なお式でしたねぇ〜。こんな場に呼んでいただけて光栄です〜」
両親に深々と頭を下げ、にこやかに感謝を伝える。
その流れで、ふと私の方へ顔を向け──
「ねえ、今日このあと時間って空いてる?」
さらりと投げかけられた言葉に、私は思わず手を振って慌ててしまった。
「ちょ、ちょっと待って! 誤解だから! これは…ほんとに!」
さっきの披露宴で手を握られていたのを思い出し、必死に弁解しようとする。
けれど、そんな私の声を遮るように、横から晴斗が強く割り込んできた。
「姉ちゃんにそういうこと言うな!」
さっきまで抑えていた怒気を隠しもせず、弟は天童くんを睨みつける。
その険しい空気を、天童くんは肩をすくめて笑い飛ばした。
「え〜? でもさぁ、晴斗くん。お姉さんに"いい人がいる"なんて言ってたの、あれ嘘だったんだよねぇ? 嘘つきは怒る資格ないと思うけどな〜」
「……っ!」
顔を真っ赤にした晴斗は言葉を詰まらせる。
慌てて両親を見れば、二人ともなぜか目を細めて天童くんを見つめている。
「まあ、気さくでいい子ねえ」「仕事もちゃんとしてるみたいだし」
口々に褒め言葉を並べる両親に、私はさらに焦った。
「ちょ、ちょっと待って、本当にそういうんじゃないから!」
必死に否定しても、天童くんは手を合わせて「すみませ〜ん」と頭を下げる。
「なんか、シスコン気味にしちゃって。俺が余計にからかっちゃったかな〜?」
軽い調子でお嫁さんに謝り、逆に空気をやわらげてしまう。
お嫁さんは困ったように笑いながらも、「……晴斗、今日はもういいでしょ。主役は私たちなんだから」と弟の腕を引く。
それでもまだ納得していない晴斗を横目に、天童くんは私の方へちらりと視線を投げた。
──大事なお姉さんだから俺が守る〜。
そんな軽口を今にも言い出しそうな顔で。
そして私は、またしても場を収めるために言葉を探すしかなかった。
私は荷物をまとめ、控室で着替えを済ませてからロビーに出る。
華やかだった会場もすでに片づけが始まっていて、余韻の残る空気の中で帰り支度を整えていると。
「○○さ〜ん」
背後から軽やかな声がかかった。
振り返ると、天童くんが片手をひらひらと上げながら歩いてくる。ネクタイを少しゆるめ、披露宴のときより気楽な雰囲気をまとっていた。
「このあと時間空いてる?話せるかな〜?」
「え、二次会行かないの?」
当然参加するものだと思っていたから、思わず聞き返す。
共通の友人も多いはずだし、彼は場を盛り上げるのが得意だから。
ところが天童くんは首を横に振って、にやりと笑った。
「ん〜、元々不参加って言ってたから。晴斗にも伝えてあるよ」
「そうなんだ……」
意外で拍子抜けしてしまう。
「俺、忙しいからね。ほんとに少しだけ、って感じ」
そう言いながらも、その声色は軽くて──どこか含みがあった。
了承するしかなく、私は頷いた
