「日本最後の買い物ですか？」
茶化すように尋ねると、彼はあっさり答えた。
「明後日には出発だよ〜」
やっぱり、本当に行くんだ──。実感が胸の奥にじわりと広がる。

年上の余裕を見せるつもりで「ランチは何が食べたい？」と尋ねると、彼は迷いなく言った。
「もう行きたいとこあるんだ」
案内されたのは、駅から少し離れた小さな定食屋だった。知らなかったけれど、安くて驚くほど美味しい。

「これから日本食食べれなくなるからね〜」
彼はそう言って、ご飯を頬張る。
「安いから俺が奢るよ」
「安いからこそ奢られるのは嫌だなぁ。大丈夫だよ。」
子供みたいに頑なに首を振る彼に、思わず苦笑してしまう。　──このくらいなら、奢られてもいいのかもしれない。

食後、外に出ると自然と聞いてしまう。
「欲しいものは？　あんまり高いものは買えないけど」
すると彼は首を振り、「ちょっと歩こう」と言った。

人混みを抜け、少し静かな道に入ったとき、不意に彼が手を差し出す。
「……何？」
意味を測ろうと視線を向けると、彼はあっけらかんと笑った。
「弟の晴斗くんとはたまに腕組むんでしょ？　でも俺は弟じゃないから。腕じゃなくて、手」
その言葉に、一瞬息が詰まった。

彼が自分を異性として意識している──その事実が、急に色濃く胸に迫る。
「……」
戸惑って言葉を探す私に、追い打ちをかけるように彼が言う。
「一日、時間くれるんでしょ？」
彼の声音は軽いようでいて、その奥に隠された真剣さが伝わってくる。

家族との時間が減ったこと、姉がいないから私に甘えてきたこと──それらを重ねながらも、彼はもう"子供"の立場ではなくなろうとしているのだと感じた。
結局、彼の差し出した手にそっと触れる。
彼はすぐに指を絡め、力を込めた。
「買い物じゃなくてね、一緒に歩いて、話したいんだ」
目的地もなく、二人で街を歩く。


いつもは電話口で一方的に喋っていた彼が、今日は妙に静かで。
無言が続くのが気まずくて、思わずこちらから自分の話をし始めていた。
「へぇ〜、そんなことがあったんだ」
「うん、それでね……」
彼はちゃんと相槌を打ちながら、時折こちらの目を真っ直ぐ見てくる。

──聞き役に回ろうとする天童くん。
いつもとは違うその姿に、胸の奥が少しだけざわめいた。