1 出会い
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体育館の中は、梅雨前の蒸し暑さと観客の熱気でいっぱいだった。インターハイ予選の会場。
私は観客席に腰を下ろし、コートの上を探す。
「……あ、いた。背番号6」
ユニフォーム姿の弟は、久しぶりに見る気がした。
寮に入ってからは家に帰ることも減り、
顔を合わせる機会は試合の応援か、たまの休日くらい。
大きくなった背中を追いながら、少しだけ感慨が胸をよぎった。
「──あれ、お姉さん?」
不意に隣から声をかけられて、振り向く。
赤い髪をした背の高い少年が、にこにこと覗き込んでいた。
「えっと……?」
「晴斗(はると)くんのお姉さんでしょ?顔、似てるから〜」
弟の名前が出て、私はやっと納得する。
「そうだけど……あなたは?」
「俺、天童覚。一年。まだ試合には出てないけど、バレー部なんだ〜」
「ああ、白鳥沢の子ね。はじめまして」
「はじめまして〜。俺、晴斗くんにいつも“またお前かよ、世話かけるなよ“って言われてます〜」
くすりと笑う仕草は、からかっているのか慕っているのか判然としない。
「弟、よく後輩に絡まれてるんだ?」
「うん。俺、結構一緒にいるからね〜」
「ふふ、らしいなぁ」
弟は昔から面倒見がいいくせに、口では素っ気ない。
その「またお前かよ」には、拒絶というよりも親しさが混じっているのだろう。
「……お姉さんは、応援よく来るの?」
「ううん、そんなに。弟は三年だし、大事な大会だからできるだけ見たいなって思って」
「なるほどね〜。じゃあ俺の応援もしてくれる?」
「ふふ、まだ出てないんでしょう?」
「これから出るかもしれないじゃん〜」
おどけながらも、どこか本気めいた口ぶり。
でも私にとっては、ただの“弟の友達”。
十二歳も年下の高校生を、異性として見ることなんて考えもしない。
「……ほら、試合始まるよ」
「お姉さん、声出して応援するの?」
「もちろん。弟が頑張ってるから」
「へぇ〜、どんな声か楽しみだな〜」
にやりと笑い、天童くんはひょいと立ち上がって控えの仲間の方へ戻っていった。
慕っているのか、揶揄っているのか。
その境界の曖昧な笑顔が、ほんの少しだけ印象に残った。
二回戦、三回戦と勝ち進む白鳥沢の応援に、私はまた体育館へ足を運んでいた。
忙しい社会人生活の合間を縫っての観戦は少し大変だったけれど、三年の弟にとってはどれも大切な試合だ。
だからできるだけ応援してやりたい──その思いが背中を押していた。
「……あ、また来てる〜」
聞き覚えのある声に振り返ると、やはり赤い髪の少年がそこにいた。天童覚。弟の同級生に混じって、控えの選手たちの輪から抜けてきたらしい。
「こんにちは、天童くん」
「やっぱり。お姉さんって意外とマメだね〜」
「そんなことないよ。弟が頑張ってるから、応援しに来ただけ」
「ふ〜ん。じゃあ、俺の応援はオマケ?」
にこにこと笑いながら、少しだけ不満そうな声色を混ぜてくる。
「オマケっていうか……まだコートには立ってないでしょう?」
「そうだけどさ〜。でも声援って、出てない俺にも届くんだよ?」
「……そうなの?」
「そうなの!」
大げさにうなずく様子が、あまりに子どもっぽくて思わず笑ってしまう。
「お姉さん、笑った〜。珍しい」
「え、普段から笑ってるけど」
「そうかな〜?なんか、晴斗くんに似てるけど、ちょっと違うんだよね〜」
まっすぐに観察するような目に、一瞬だけ居心地の悪さを覚える。
けれどすぐに弟の姿を追って視線をそらした。
「弟に似てるって……それ、あんまり褒め言葉じゃないよ」
「いやいや、いい意味だよ。晴斗くんはさ〜、俺がからかうとすぐムキになるけど……お姉さんはちゃんと笑うから」
「ふふ、あの子は昔からそうなの。素直じゃないんだよ」
「でしょ〜。俺にはもう、すっかり見透かされてるけどね〜」
得意げに笑う天童くんの声に、弟との距離の近さが伝わってくる。
本当に慕っているのか、単なるからかいなのか。よく分からないけれど、少なくとも弟にとっては悪い存在ではないのだろう。
「……あ、試合始まる」
「そうだね」
ホイッスルが鳴り、ボールが宙を舞う。
弟がスパイクを決めるたび、私は自然と手を叩いて声をあげた。その横で天童は、笑いながら「お、声出してる出してる〜」なんて茶化してくる。
本当に、この子はどこまで本気で、どこまで冗談なのだろう。
ただ一つ確かなのは──私にとって彼はやっぱり“弟の友達”でしかない、ということだった。
試合終了のホイッスルが鳴ると、体育館は大きな歓声に包まれた。
白鳥沢学園の勝利、そしてインターハイ出場決定。選手たちは肩を組んで喜び合い、監督やマネージャーたちと握手を交わしていた。
私はその輪に加わることなく、少し離れた場所から弟の姿を追っていた。
晴斗は仲間に囲まれ、汗に濡れた顔で笑っている。寮に入ってからは会う機会も減り、帰省もせいぜい夏休みの数日か正月くらい。私の中ではまだ「生意気な弟」のイメージが強かった。
──でも、こうして見るとずいぶん大人になったなあ。
「……晴斗!」
わざと背後から声をかけると、弟は肩をびくりと揺らして振り返った。
「……なんだよ、姉ちゃん。驚かすな」
「いいリアクションだねぇ。中学のときなんてツンケンして、口きいてくれない時期あったのに。丸くなったじゃない」
「……っ、やめろよ。人前で」
耳まで赤くして視線をそらす弟に、思わず笑いがこぼれる。
そこへ、ひょっこりと別の声が割り込んできた。
「へぇ〜。お姉さん、意外と晴斗のことからかうんだね〜」
振り返ると、やっぱり赤い髪の一年生──天童覚が立っていた。控え組の仲間と一緒にいたはずなのに、いつの間にかこちらに来ている。
「天童くん。こんにちは」
「こんにちは〜。優勝おめでとうって言わなくていいの〜?」
「もちろん、おめでとうございます。よく頑張ったね」
「ありがと〜。でも俺まだコート立ってないからなぁ」
肩を竦めつつも、どこか誇らしげに笑う。弟に負けないくらい、この子も嬉しそうだった。
「そういえば全国大会って、他県でやるんでしょう?私は行けないなぁ……仕事あるし」
「……無理すんなよ」
不意に弟が口を挟む。そっぽを向いたまま、ぶっきらぼうに。
「仕事忙しいんだから来るなよ。わざわざ来なくていいから」
「なにそれ、照れてる?」
「違ぇよ!」
即座に否定するけれど、耳はほんのり赤いまま。昔から不器用なところは変わらない。
そんな弟の様子を、天童くんは面白そうに目を細めて見ていた。
「ねぇお姉さん、やっぱり来ちゃえばいいのに〜。晴斗くん、喜ぶと思うけどな〜」
「やめろ!余計なこと言うな!」
「はは、図星?」
にやりと笑う天童くんと、顔を真っ赤にして抗議する弟。
二人のやりとりを見ていると、なんだか私まで部活の延長を覗きこんでいるようで、自然と頬が緩んでしまった。
私は観客席に腰を下ろし、コートの上を探す。
「……あ、いた。背番号6」
ユニフォーム姿の弟は、久しぶりに見る気がした。
寮に入ってからは家に帰ることも減り、
顔を合わせる機会は試合の応援か、たまの休日くらい。
大きくなった背中を追いながら、少しだけ感慨が胸をよぎった。
「──あれ、お姉さん?」
不意に隣から声をかけられて、振り向く。
赤い髪をした背の高い少年が、にこにこと覗き込んでいた。
「えっと……?」
「晴斗(はると)くんのお姉さんでしょ?顔、似てるから〜」
弟の名前が出て、私はやっと納得する。
「そうだけど……あなたは?」
「俺、天童覚。一年。まだ試合には出てないけど、バレー部なんだ〜」
「ああ、白鳥沢の子ね。はじめまして」
「はじめまして〜。俺、晴斗くんにいつも“またお前かよ、世話かけるなよ“って言われてます〜」
くすりと笑う仕草は、からかっているのか慕っているのか判然としない。
「弟、よく後輩に絡まれてるんだ?」
「うん。俺、結構一緒にいるからね〜」
「ふふ、らしいなぁ」
弟は昔から面倒見がいいくせに、口では素っ気ない。
その「またお前かよ」には、拒絶というよりも親しさが混じっているのだろう。
「……お姉さんは、応援よく来るの?」
「ううん、そんなに。弟は三年だし、大事な大会だからできるだけ見たいなって思って」
「なるほどね〜。じゃあ俺の応援もしてくれる?」
「ふふ、まだ出てないんでしょう?」
「これから出るかもしれないじゃん〜」
おどけながらも、どこか本気めいた口ぶり。
でも私にとっては、ただの“弟の友達”。
十二歳も年下の高校生を、異性として見ることなんて考えもしない。
「……ほら、試合始まるよ」
「お姉さん、声出して応援するの?」
「もちろん。弟が頑張ってるから」
「へぇ〜、どんな声か楽しみだな〜」
にやりと笑い、天童くんはひょいと立ち上がって控えの仲間の方へ戻っていった。
慕っているのか、揶揄っているのか。
その境界の曖昧な笑顔が、ほんの少しだけ印象に残った。
二回戦、三回戦と勝ち進む白鳥沢の応援に、私はまた体育館へ足を運んでいた。
忙しい社会人生活の合間を縫っての観戦は少し大変だったけれど、三年の弟にとってはどれも大切な試合だ。
だからできるだけ応援してやりたい──その思いが背中を押していた。
「……あ、また来てる〜」
聞き覚えのある声に振り返ると、やはり赤い髪の少年がそこにいた。天童覚。弟の同級生に混じって、控えの選手たちの輪から抜けてきたらしい。
「こんにちは、天童くん」
「やっぱり。お姉さんって意外とマメだね〜」
「そんなことないよ。弟が頑張ってるから、応援しに来ただけ」
「ふ〜ん。じゃあ、俺の応援はオマケ?」
にこにこと笑いながら、少しだけ不満そうな声色を混ぜてくる。
「オマケっていうか……まだコートには立ってないでしょう?」
「そうだけどさ〜。でも声援って、出てない俺にも届くんだよ?」
「……そうなの?」
「そうなの!」
大げさにうなずく様子が、あまりに子どもっぽくて思わず笑ってしまう。
「お姉さん、笑った〜。珍しい」
「え、普段から笑ってるけど」
「そうかな〜?なんか、晴斗くんに似てるけど、ちょっと違うんだよね〜」
まっすぐに観察するような目に、一瞬だけ居心地の悪さを覚える。
けれどすぐに弟の姿を追って視線をそらした。
「弟に似てるって……それ、あんまり褒め言葉じゃないよ」
「いやいや、いい意味だよ。晴斗くんはさ〜、俺がからかうとすぐムキになるけど……お姉さんはちゃんと笑うから」
「ふふ、あの子は昔からそうなの。素直じゃないんだよ」
「でしょ〜。俺にはもう、すっかり見透かされてるけどね〜」
得意げに笑う天童くんの声に、弟との距離の近さが伝わってくる。
本当に慕っているのか、単なるからかいなのか。よく分からないけれど、少なくとも弟にとっては悪い存在ではないのだろう。
「……あ、試合始まる」
「そうだね」
ホイッスルが鳴り、ボールが宙を舞う。
弟がスパイクを決めるたび、私は自然と手を叩いて声をあげた。その横で天童は、笑いながら「お、声出してる出してる〜」なんて茶化してくる。
本当に、この子はどこまで本気で、どこまで冗談なのだろう。
ただ一つ確かなのは──私にとって彼はやっぱり“弟の友達”でしかない、ということだった。
試合終了のホイッスルが鳴ると、体育館は大きな歓声に包まれた。
白鳥沢学園の勝利、そしてインターハイ出場決定。選手たちは肩を組んで喜び合い、監督やマネージャーたちと握手を交わしていた。
私はその輪に加わることなく、少し離れた場所から弟の姿を追っていた。
晴斗は仲間に囲まれ、汗に濡れた顔で笑っている。寮に入ってからは会う機会も減り、帰省もせいぜい夏休みの数日か正月くらい。私の中ではまだ「生意気な弟」のイメージが強かった。
──でも、こうして見るとずいぶん大人になったなあ。
「……晴斗!」
わざと背後から声をかけると、弟は肩をびくりと揺らして振り返った。
「……なんだよ、姉ちゃん。驚かすな」
「いいリアクションだねぇ。中学のときなんてツンケンして、口きいてくれない時期あったのに。丸くなったじゃない」
「……っ、やめろよ。人前で」
耳まで赤くして視線をそらす弟に、思わず笑いがこぼれる。
そこへ、ひょっこりと別の声が割り込んできた。
「へぇ〜。お姉さん、意外と晴斗のことからかうんだね〜」
振り返ると、やっぱり赤い髪の一年生──天童覚が立っていた。控え組の仲間と一緒にいたはずなのに、いつの間にかこちらに来ている。
「天童くん。こんにちは」
「こんにちは〜。優勝おめでとうって言わなくていいの〜?」
「もちろん、おめでとうございます。よく頑張ったね」
「ありがと〜。でも俺まだコート立ってないからなぁ」
肩を竦めつつも、どこか誇らしげに笑う。弟に負けないくらい、この子も嬉しそうだった。
「そういえば全国大会って、他県でやるんでしょう?私は行けないなぁ……仕事あるし」
「……無理すんなよ」
不意に弟が口を挟む。そっぽを向いたまま、ぶっきらぼうに。
「仕事忙しいんだから来るなよ。わざわざ来なくていいから」
「なにそれ、照れてる?」
「違ぇよ!」
即座に否定するけれど、耳はほんのり赤いまま。昔から不器用なところは変わらない。
そんな弟の様子を、天童くんは面白そうに目を細めて見ていた。
「ねぇお姉さん、やっぱり来ちゃえばいいのに〜。晴斗くん、喜ぶと思うけどな〜」
「やめろ!余計なこと言うな!」
「はは、図星?」
にやりと笑う天童くんと、顔を真っ赤にして抗議する弟。
二人のやりとりを見ていると、なんだか私まで部活の延長を覗きこんでいるようで、自然と頬が緩んでしまった。
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